≪医山夜話≫ (32-2)

フィジー への旅

アフリカでの教訓があるため、フィジーに行く前にスーザンは各種の予防注射をしました。薬局で買える塗り薬とスプレー剤を全部買い、完全装備でフィジーに旅立ちました。

 しかし、意外にも彼女が買った日本製と米国製の薬品類は少しも役に立ちませんでした。フィジーのは人間、特に蚊にとって新鮮な匂いを発散する、毛穴が大きく開いた外国人を直撃します。「蚊はカメラさえ見逃しません。もしパソコンに血液が流れているのなら、蚊はきっとパソコンでも刺して噛むに違いありません」と、スーザンの恐怖心は止まらないようでした。

 フィジーから帰ってくると、彼女は自分の体にまつわる問題の深刻さが分かっていたので、誰にも相談せずに直ちに病院に行きました。彼女のひざの3カ所は感染した蚊に刺されていました。この病気は「バンクロフト糸状虫症」と呼ばれ、中国にもあります。末期には、足がバケツの太さまで腫れて、「象皮症」になります。あの寄生虫はリンパ腺の中に繁殖するため、体のリンパ腺のあるところ、どこにでも這っていきます。虫の長さは、非常に長くなります……。

 スーザンの場合はまだ発病の初期で、寄生虫が成長し、繁殖をし始める段階なので、血中の幼虫はまだ発見されませんでした。今は最も肝心な時期であり、適切な薬を飲めば根治できます。しかし、検査結果が明確でないため、医者は彼女に薬を処方しませんでした。防疫病院で彼女がどんなに泣きながら説明しても、誰も聞こうとしなかったのです。

 「そこは政府機関のように官僚主義が横行していて、患者の立場に立って考えてくれる人は誰一人いませんでした。教科書通りに治療しなければ、いったんミスが起こると自分に不利になります。だから、彼らは検査結果の数字しか信用しません。どんなに懇願しても、彼らはただ『すみません、私には治療法がない』としか言いません」。スーザンは悲しみと怒りを抑え切れない様子で、私に話しました。

 「私の望みは、ただ幼虫が成長する前に注射することで、さもなければ間に合いません。ただ何本かの注射を望んでいるのに、これでさえ許可をもらえません。神様、私はきっと前世で極めて大きな悪事を働いたため、今このような報いに遭うのですか!」

 スーザンは大声で泣き出しました。

 どんな方法を使ったのか知りませんが、彼女は動物用の注射剤を手に入れて、病院に依頼せず自分で注射をしました。しかし、その時はもう手遅れで、成虫はすでに幼虫を産み始め、彼女の太ももの内側は腫れ上がっていました。たとえこのような状態になっても、スーザンは病院から薬をもらえません。彼女はアレルギー体質であるため、医者が薬を処方してくれないのです。

 「建物が崩壊する直前であるのに、まだカーテンの色の良し悪しを討論するかのように、あの医者たちは事情の重みが分かっていません! まったく官僚主義のやり方です」とスーザンの怒りは爆発寸前でした。「人間の体に寄生虫が生息するなんて、なんて恐ろしいこと! 虫のうごめきを毎日感じるのです!」 

 彼女が自殺でもするのではないかと心配で、私はよく彼女に電話して情況を尋ねました。また、今後の生活をどのように送るのか、彼女の考えを聞いてみました。

 「私はこれから、仕事を変えることを考えています。今、人を助けられるのは栄養学ではなく、政治です。私は自らの体験を持って患者の苦痛を理解できます。私はみんなを思いやる政治家になれると思います。少なくとも、私は真剣に人の意見を聞き、慎重に人の提案を採用するくらいのことはできます……」

 「今はそれほど遠いことを考えなくても良いではありませんか。遠方のものは急場の役に立たないし、政治家になるためには多くの準備も必要です。政治家になったからといっても万事順調とは限らず、法律に絡むこともたくさんあるのですよ。それなら、弁護士になったらどうですか。人間の一生は限りがあるものですよ」と、私は言いました。

 そのうちスーザンは、海外での治療を求めるようになりました。スーザンはあちらこちらを飛びまわり、多くの医者を尋ねています。体調は時に良くなったり、時に悪化したりして、彼女の心も時に希望に満ちたり、時にがっかりします。あの寄生虫は最後に薬が届かない場所、つまり目の後ろの三角地帯に隠れました。薬を使用すると、虫はすぐそこに隠れて、薬を止めると、虫はすぐさま猛スピードで繁殖します。薬を永遠に使用するわけにはいかないため、こうして人間と虫はかくれんぼをしているように、虫を殺すことなど永遠に不可能になりました。そのせいで、スーザンはとてもやつれました。休んでいる時には、体中の至る所で寄生虫がうごめいているのを実感できるというのです。

 この先進的な、いわゆる科学が最高峰にまで発達したと言われる時代に、人間はこのような病に対して何の打つ手もありません。

 更に私をがっかりさせるのは、スーザンにどれほど哀願されても、この病がいったん発症するとスーザンがどれほどの苦しみに苛まれるかを知っていても、自分の立場を守るために患者を顧みようとしない、あの医者たちの態度です。本当に不可解なものです。私の同業者である医者たちよ、医術は別として、慈悲の心を持たないといけません。慈悲の心を持たないと、患者を苦しめることしかできないのですから。

 

(翻訳編集・陳櫻華)