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ファンも唸らせる 三国志に異彩を放つ三有名人

2021年6月16日 21時52分
eh/photoAC
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三国志では、神卜・管輅や、神医・華佗や、隠士・婁圭など、それぞれの名は歴史の中で光輝き、その輝かしい名声には、すばらしいエピソードが織り込まれている。

1.神卜管輅(209年─256年)
 

三国時代に生まれた魏の有名な術士・管輅は、八歳の頃、他の子供は遊んでいたのに、難しい天文を探求し始めた。特に夜に星を見上げるのが好きで仲間と遊んでいても、同じ年頃の子には読めないような天文図を地べたに描いていた。難解な天文、暗号のような図柄が、彼の目には鮮やかに映っていたのだ。管輅は成人してから周易に通じ、占い·相術、その他に鳥語にも通じた。彼は人相を見て占いをし、言うことは神のごとく必ず的中した。

『三国志演義』では「神卜管輅」と呼ばれ、太史丞許芝の推薦で、曹操は管輅を召し抱えた。術士の左慈が幻術で曹操を翻弄した時、左慈の300体の分身が現れ、文官も武将も、みんなびっくりして倒れてしまった。管輅は軍の騒ぎを聞いて、「それは幻術だ、驚くことはない」と言った。

その後も曹操は管輅を文武官僚のために相を見るように命じ、管輅は「みな治世の臣である」と答えた。

その他にも管輅は呉の魯粛の死や、張飛‧馬超の率いられた蜀兵が国境を攻め入ってきたこと、また定軍山の戦いで将軍の夏侯淵が戦死したこと、耿紀が曹営に火をかけたこと、曹操の子の曹丕が帝になるなどを予言した。これらの事は全て的中した。

2.神医華佗

後漢の有名な医者、華佗は、医術を研鑽し、人を救うことに専念し、出世の道を追求しなかった。彼の医術は非常に精緻で、特に外科手術に長けていた。現代人からは華佗は「外科の祖」と呼ばれている。彼が発明した麻酔剤「麻沸散」は全身麻酔で手術ができる。また虎、鹿、熊、猿、鳥などの禽獣をまねてあみだした「五禽戯」を作った。華陀の医術は精妙で、世に類を見ないものだ。

『三国志演義』では、華佗は呉の周泰のために傷を癒したり、荆州で関羽のために骨を削って毒を取り除いたりした。また不思議なことに、超音波診断や透視装置がなかった時代、彼は曹操の脳の瘤も発見した。

曹操が建始殿という大楼を建てる時に、誰も切りたがらない神木を切ってしまい、それ以来頭が痛くて我慢できず、何度も良い医者を求めたが、誰も治せなかった。

すでに華佗の腕前の素晴らしさを聞いていた曹操は、部下の華歆も華佗を神医だと推薦しするので迎えの者をよこし、華陀を呼び寄せた。

曹操の頭の中に瘤があるのを見た華佗は、麻沸散を飲んだ後、鋭い斧で首を切って瘤を取り出せば、頭の病気を根絶できるという治療を提案した。

しかし曹操はこれを聞いて「私を殺しに来たのか?」と激怒した。曹操は人の首を切っても生きているという華佗の言葉を信じず、華佗を牢獄に入れるよう命じた。結局、曹操は脳腫瘍で死んだ。

3.隠士婁圭

有名な隠者、婁圭は、字は子伯、道号を夢梅居士という。『三国志演義』では、終南山に隠棲し、婁圭の登場時間は短かったが、曹操と二言三言話しただけで曹操の窮地を救った。

馬超の部隊が渭口に駐屯し、昼夜に分けて曹操は前から後から攻撃された。曹操が兵に命じて渭河内に立てた浮橋も、馬超の兵に焼かれ、曹操は砦を立てることができず、曹操の心配の種となっていた。荀攸は渭河の土砂をもって砦を築こうと進言したが、土砂が緩くて、いくら築いても城塁は建てられなかった。

進退窮まった時、婁圭が不意に曹操の前に現れた。曹操は婁圭に目下の悩みを打ち明けた。婁圭は「丞相は神のように兵を使うが、天の時を知らないのか。今は何日もどんよりと曇っていて、北風が吹いている。寒くなるのは必至だろう」と言った。山を下りた時、すでに天を見計らっていた婁圭は、曹操に、兵士に土を運ばせ、盛った土に水をかけさせれば、冷たい北風があたり夜明けには砦が出来あがっているだろうと進言した。これを聞き、曹操は喜んで婁圭に惜しみない報酬を与えようとしたが、婁圭は一切受け取らずに去っていった。

曹操は夜、婁圭の言う通り、急いで水をかけて城を築いた。翌朝、馬超は兵を連れて曹営を遠く見て、神が曹操を助けて砦を築いたのだと驚いた。曹操の軍隊はこの砦の援護を受けて、最終的に大軍は渭河を渡ることができた。

『三国志演義』第59回/69回/78回による

(文‧洪煕 翻訳‧源正悟)

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