大紀元時報
トップ文化・歴史 南北朝時代
南北朝時代
2021/04/27
弟子規(15)

路を歩くときはせかせかとせず、立つ時は姿勢を端正にし、頭を真っ直ぐにして胸を張る。揖の作法をするときは腰を深く屈め、拝する態度は恭しくする。門の敷居を踏まない。身...

(fotolia)
2021/04/15
神仙の物語
文広通と神仙の住む不思議な洞窟

古人曰く、「天上の一日は地上の一年」。天国とこの世の間には、時間の経ち方に大きな差があります。日本の昔話に出てくる「浦島太郎」も、戻ってきたらすでに数百年が過ぎて...

2021/03/16
古代中国の物語
一諾千金 信義を重んじる古人

「信」とは何でしょうか。「信」は儒家の云う五徳「仁、義、礼、智、信」のうちの一つです。「人をして信無くば、その可なるを知らず」と孔子は述べています。信義を重んじな...

南朝の宋の初代皇帝である劉裕(363年ー422年)(パブリック・ドメイン)
2020/03/28
子孫に『倹約と素朴な生活』を説いた皇帝

劉裕は南朝の宋の初代皇帝である。出身が貧しく、皇帝になる以前も貧困生活を送っていた。そのためか、皇帝になっても根本を忘れず、質素に生活していた。

Alexander Stein / Pixabay
2019/09/19
自分の給料を庶民に分け与えた人

南北朝と隋朝時代に、公孫景茂という官吏がいました。戦争中、景茂は自分の俸禄(給料)を出してお粥と薬を買ってきて、病気で倒れた兵士に食べさせました。これによって救わ...

南朝の宋の初代皇帝である劉裕(363年ー422年)(パブリック・ドメイン)
2019/09/07
子孫に『倹約と素朴な生活』を説いた皇帝

劉裕は南朝の宋の初代皇帝である。出身が貧しく、皇帝になる以前も貧困生活を送っていた。そのためか、皇帝になっても根本を忘れず、質素に生活していた。

(Photo credit should read TORSTEN BLACKWOOD/AFP/Getty Images)
2019/02/26
貪らないことを宝とする

宋の時代に、ある人が一つの宝石を手にいれた。彼はこれを斉の大夫・子罕(しかん)に献上しようとしたが、子罕はこれを受け取らなかった。

Jimmie/Flickr
2015/02/20
【儒家故事】 親孝行になった不孝息子

【大紀元日本2月20日】中国・北魏の時代、房愛東という男がいた。彼の妻は崔氏といい、清河地方の人だった。子供がまだ幼い時から崔氏は自ら二人の息子に※「九経」を教え...

Chen Zhao/Flickr
2014/10/29
【佛家故事】 試練に耐えた三人の僧侶

南北朝の時代、五台山にある靈鷲寺に三人の若い僧侶がいた。ある日、彼らは食糧を携えて、山の奥に住む仙人を探す旅に出た。彼らは幾つもの森を抜け、食糧が底をついた後も志...

George Lu/Flickr
2013/10/30
信仰を侮辱した者への報い

【大紀元日本10月30日】《魏書》によると、北魏の時代の司徒(役職名)崔浩(さいこう)は賢くて記憶力に優れ、大変な物知りだった。太武帝からも厚い信頼を受け、重用さ...

(図:柚子)
2013/07/30
【日本語に生きる中国故事成語】“千里眼”事件

【大紀元日本7月30日】明治末、透視や念写の能力を持つとされる女性二人に対して、その能力の存在を肯定する東京帝国大学と京都帝国大学の学者がそれを証明すべく公開実験...

陶淵明『晩笑堂竹荘畫傳』より(ウィキペディア)
2012/04/07
たゆまず学ぶ

 【大紀元日本4月7日】古代中国では、学ぶことにおいて「繰り返し練習し、常に努力すること」を重んじていました。一貫して努力し、精進することが肝要であり、少しでも怠...

雲崗石窟(mckaysavage/Creative Commons)
2011/12/13
中国伝統文化への誘い(四) 魏晋南北朝

 【大紀元日本12月13日】魏晋南北朝時代(紀元439–589年)は、戦乱に満ちた時代でした。中国は分裂し、様々な将軍がそれぞれ数10年ほど支配しまし...

2007/12/09
【神伝文化】 謹厳実直の下臣は、国の宝

 【大紀元日本12月9日】下臣は君主の過失を正し諫めるのを己の任とし、主君は虚心にそれを受け入れて心から過ちを正す、これが正常な君臣の関係だ。后魏の大臣・古弼(こ...

2005/11/06
伝統的文化:貪らないことを宝とする

 【大紀元日本11月6日】宋の時代に、ある人が一つの宝石を手にいれた。彼はこれを斉の大夫・子罕(しかん)に献上しようとしたが、子罕はこれを受け取らなかった。「この...

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