大紀元時報
トップ文化・歴史
Peggy und Marco Lachmann-Anke / Pixabay
2019.09.03
死んだ魚でさえ生き返るのに なぜ神仙になることは難しいのか!?

唐の長慶年間、石旻は宛陵郡(現在の安徽省東南部)に寄寓していた。この街に、かつて下位将校をしていた雷生という男がいた。ある日、雷生は友人たちと郡の南部にある別荘で...

阿倍仲麻呂(『前賢故実』より)(パブリック・ドメイン)
2019.08.26
盛唐と深い縁を持った男 阿倍仲麻呂

717年3月、19歳の仲麻呂は総勢557人からなる第9次遣唐使の1人として、日本を出航し、唐の文化古都・長安に向かいました。同行していた者の中には、吉備真備と玄昉...

看中国
2019.08.23
歴史の名君 唐の太宗・李世民

唐王朝を設立したのは、高祖の李渊(りえん)であるが、実質的な創業の功臣で、国の発展の枠組みを固めたのは唐の太宗・李世民(626~649在位)だ。李世民は、中国五千...

Pixabay | susanne906
2019.08.19
世の中の出会いは お別れ後の再会 〜 前世は一匹の馬 〜

世の中の出会いはお別れ後の再会です。中国の民間伝説では、恩を報いるため、または借金を取り立てるために生まれ変わる物語が多くあり、世の中の出会いは偶然ではなく、前世...

(Sooksan Kasiansin/Flickr)
2019.08.11
【漢詩の楽しみ】臨洞庭(洞庭に臨む)

詩に云う。陰暦8月、満々と水をたたえた洞庭湖が平らかに広がっている。湖水は、まるで大空をひたし、天のなかで最も高いとされる太清天までとどいて、水と天が混じり合って...

(Jeremie Brunet/flickr)
2019.07.26
【漢詩の楽しみ】涼州詞(りょうしゅうし)

詩に云う。葡萄の美酒を、なみなみと注いだ夜光の杯。それを口に運ぼうとすると、馬上の誰かが琵琶をかきならして、さあ飲め飲めとせきたてる。酔いつぶれて砂の上に伏したっ...

pixabay
2019.06.19
中国版「シンデレラ」の物語

「シンデレラ」のお話は誰もが知っている有名な童話の一つで、2次作品だけでもオペラが12種、バレエが7種、ミュジカルが12種、映画は49種もあります各国でも昔からシ...

2019.06.07
【漢詩の楽しみ】房兵曹胡馬(房兵曹の胡馬)

詩に云う。この西域産の馬は、大宛の名に恥じぬ名馬である。その馬体は鉾のように鋭く、ひきしまっている。竹をそいだように切れ立った両耳に、風をはらんで走る四つの蹄のな...

イメージ写真 (arachihuang/frickr)
2019.05.15
【漢詩の楽しみ】山中問答(さんちゅうもんどう)

李白(701~762)53歳ごろの作。山中問答とはいうが、要するにそのような設定で詠じた詩なのであって、本当に作者が山中で誰かに会って問答したのではない。

世界の約3割の人がフォーク、4割が手、残り3割は?(Takashi Mukoda/Wikimedia Commons/CC BY-SA 2.0)
2019.04.20
世界の約3割の人がフォーク、4割が手、残り3割は?

世界の約3割の人がフォーク、4割が手、残り3割は? 答えは、私たち日本人に馴染み深い箸。いつ頃からは箸は使いだされたのだろうか。石器時代にさかのぼるとの説もある。...

杭州西湖 (IamBernice/flickr)
2019.04.15
【漢詩の楽しみ】杭州春望(杭州の春望)

望海楼(ぼうかいろう)明らかにして曙霞(しょか)に照らさる。護江提(ごこうてい)白くして晴沙を蹋(ふ)む。涛声、夜入る伍員廟(ごうんびょう)。柳色春蔵す、蘇小の家...

鑑真第六回渡海図(パブリック・ドメイン)
2019.04.06
渡航に5度失敗し、失明して愛弟子を亡くしても 日本へ律宗を伝えた唐の高僧ー鑑真

紀元742年、唐の高僧・鑑真は第9次遣唐使船で唐を訪れた留学僧・栄叡(ようえい)、普照(ふしょう)から、日本の朝廷の「伝戒の師」としての招請を受け、日に渡ることを...

GettyImages
2019.02.22
「百忍」をもって 一族が九代も同居 

麟徳二年(665年)の冬十月、唐高宗は泰山へ封禅の儀を行いに行く途中、寿張県(中国河南省濮陽市台前県)を通り掛かりました。寿張県には張公藝という長寿の老人が住んで...

Getty Images
2019.02.12
温故知新
推敲(すいこう)から学ぶ 一文字も大切にする精神

「おす」「たたく」――この二つの文字の組み合わせにより「推敲」という言葉が生まれました。 文章を書かれる方は日ごろよく耳にする言葉ではないでしょうか。その由来は...

神韻芸術団の琵琶演奏者(イメージ・YouTubeスクリーンショット)
2019.01.11
白居易が歌妓の更なる一曲を求め 「琵琶行」

白居易の長編詩「琵琶行」は、作者が江州の司馬へ左遷された翌年(816年)の作である。その左遷された失意の地で、ある月夜の晩、旅立つ友人のためにささやかな船上の宴を...

Wikipedia
2019.01.04
神韻へのいざない
沙悟浄:巨大な魚が僧侶に転身

沙悟浄の背景をご存知でしょうか。近衛兵の大将だったのですが、人喰い魚に転身し、修道僧となりました。

神韻芸術団
2019.01.04
神韻へのいざない
『西遊記』の猪八戒

猪八戒はかつて8万人の水兵を指揮する天上の天蓬元帥でした。ある夜、酒に溺れ、月の女神・嫦娥に言い寄ったため、鞭で二千回叩かれ、下界へ落とされました。

神韻芸術団
2019.01.04
神韻へのいざない
孫悟空の誕生(『西遊記』より)

孫悟空の伝説は、東勝神洲にある花果山のてっぺんに鎮座する、不思議な岩から始まります。創世の時代から、霊気あふれる石は天地、日月から精を受け、数劫年を経て卵が誕生し...

神韻芸術団
2019.01.04
神韻へのいざない
李白 「詩仙」と呼ばれた浪漫詩人

「詩仙」と呼ばれる李白(701–762)は、唐詩の典型を築いた、中国史上でも最も傑出した浪漫詩人とされています 。中国全域を旅し、道家、文学者、高官など、李白を賛...

神韻芸術団
2019.01.03
神韻へのいざない
妖怪を打ち払う孫悟空 『西遊記』より

『西遊記』第27章に出てくる白骨夫人の話は、古典中の古典とも言えましょう。神韻の演目『孫悟空の勝利』の題材となったストーリーで、悟空の効能が発揮されています。

神韻芸術団
2019.01.03
神韻へのいざない
西遊記

『西遊記』は中国の四代古典の一つです。明代の小説家吳承恩が16世紀に書き上げました。アクション、ユーモア、教訓を合わせた、馴染み深い冒険物語です。

神韻芸術団
2019.01.03
神韻へのいざない
龍宮でひと騒動を起こす孫悟空

伝説の英雄たちは、特殊な力を備えた武器を持っています。ギリシャ神話のゼウスは雷霆(らいてい)、アーサー王は魔法の剣、トールはハンマー、そして孫悟空は如意棒。さて、...

敦煌壁画
2019.01.02
神韻へのいざない
『西遊記』の三蔵法師

唐の時代は、隆盛し、武力にも優れ、宗教も共存し、芸術と科学が花開いた時期でした。よく中国の黄金期とされています。『西遊記』の取経の旅は、1300年前、唐の時代に長...

小さいことだといって放って置くと、大事が起こった時には、もうどうしようもない。国家が傾くのは皆これが原因である(photoAC)
2018.11.24
貞観政要
唐太宗 小さなことを疎かにしない 大事はいつも小事から

中国史上でも最も栄えた時代の一つ、唐時代。その中でも唐太宗は中国史上、屈指の名君として知られ、為政者として自らを厳しく律して政治にあたり、太宗の治世は「貞観の治」...

「女孝経」の図(パブリックドメイン)
2018.10.27
千年前の道徳教科書-「女孝経」

古代中国の唐王朝時代(618年―907年)、侯莫陳 邈(こうばくちん ばく)の妻である鄭氏は昔の賢人に関する歴史の物語が好きでした、このような物語を読むとき、彼女...

「張果老が唐玄宗を謁見する図」絹本の一部(作者・元の任仁發/ネット写真)
2018.09.19
八仙人のひとり
張果老 なぜ後ろ向きにロバに乗る?

中国の神話伝説「道家八仙人」の一人として知られる張果老。中国の史書によると、彼は唐の時代、恒州中條山に住み、当時すでに数百歳だったと伝えられています。張果老は何故...

そこではじめて悟ったのだ。私は弓をもって天下を平定した。弓を使うことは多かったが、それでもこのように弓の事をよく理解してはいなかった(photoAC)
2018.09.06
貞観政要
唐太宗 無知であることを知ることの大切さ

中国の唐の時代は中国史上でも最も栄えた時代の一つである。中国史上、屈指の名君として名高い唐太宗は為政者として自らを厳しく律して政治にあたり、太宗の治世は「貞観の治...

奈良、東大寺中門(重要文化財)、東大寺をはじめとする奈良の数々の建築物は往時の唐の空気を私たちに伝えてくれる
2018.08.18
貞観政要
安泰な時にこそ危難を思う

中国五千年の長い歴史の中で中国が最も輝きを放った時代のひとつとされる「唐」時代。中でも唐の太宗の治世は「貞観の治」と呼ばれ、後世、政治の理想とされてきた。

Getty Images
2018.08.13
貞観政要
創業と守成はどちらが困難か?

中国五千年の長い歴史の中で中国が最も輝きを放った時代のひとつとされる「唐」時代。中でも唐の太宗の治世は「貞観の治」と呼ばれ、後世、政治の理想とされてきた。

唐太宗(パブリック・ドメイン)
2018.07.12
貞観政要
明君と暗君の違い

唐太宗の治世は中国史上でも最も栄えた時代の一つで「貞観の治」と呼ばれ、後世の賢帝と呼ばれた皇帝たちも政治のお手本とした時代であった。『貞観政要』は唐太宗と太宗を補...

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