危険に満ちた韓国造船所、下請け労働者の悲劇続く

2019/11/07
更新: 2019/11/07

Hayoung Choi Hyunjoo Jin Ju-min Park

[巨済(韓国) 30日 ロイター] – パク・チョルヒさんの突然の悲劇は、2年前にさかのぼる。2017年の「勤労者の日」、パクさんは、サムスン重工業の巨済造船所に休日出勤していた。この日、大型クレーンが別のクレーンと衝突して倒壊し、パクさんの弟を含む6人が犠牲になった。

「爆弾が落ちたようだった」とパクさんは振り返る。そして、「遺体は言語に絶するほど損傷していた」と話した。

この日、同造船所で働いていた労働者の90%はパクさんと弟のパク・スンウさんをはじめとする下請け労働者で、その人数は1500人近くに上っていた。フランスのエネルギー大手トタルに納入する石油・ガス掘削プラットフォームの建造が仕事だった。

死亡した6人、負傷した25人も全員が下請け労働者だ。サムスンの正社員に比較して、給与は安く、労働者に対する保護も弱く、訓練も不足していた。

<大企業は責任取らず>

サムスンをはじめとする韓国の巨大企業グループは、コスト削減と雇用の柔軟性向上のため、下請企業や非正規労働者への依存度がますます高まっていることを認めている。だが、約25人の労働者、下請け企業幹部、専門家へのインタビューによれば、こうした大企業は労働現場での事故に関してほとんど責任を負っていないという。

また、政府の委嘱による2018年の報告書によれば、企業や当局者に対する処罰が甘く、労働災害を防止する取り組みが進んでいないという。韓国は、労働安全性の実績という点で、OECD(経済開発協力機構)諸国中、ワースト3位である。

この造船所で発生した事故は、少なくとも過去10年間で最悪の惨事だった。それから2年以上が経つが、パクさんは今も抑鬱症状やPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされているという。5月、この事故に関する裁判でサムスンの担当者が誰1人として実刑判決を受けなかったことで、パクさんの苦しみはさらに深まった。

ロイターがメールで問い合わせたところ、サムスン重工業は、事故により犠牲者が出たことを遺憾としつつ、控訴審があるため詳細は述べられないと回答した。

サムスンからのメールの署名欄には、「安全確保は経営の最優先課題」と書かれている。

仏トタルと、パクさんの直接の雇用者であるヘイドン(Haedong)は、本記事に対するコメントを拒否している。訴訟書類によれば、引き続きサムスン重工業の下請けを務めているヘイドンは告訴されていない。

<多層的な下請け構造>

朝鮮戦争による荒廃からグローバルな製造・エンジニアリング大国へと韓国経済が急速な変貌を遂げるなかで、その屋台骨となったのがサムスンなどの企業グループである。

だが専門家や業界幹部によれば、競争が激化し成長が減速していくなかで、国内で「財閥(chaebol)」と呼ばれる企業グループは、コスト削減と生産拡大のため、また需要の変動に合わせた人員削減を容易にするため、非正規労働者・下請け労働者の雇用を拡大した。

韓国では全労働者に占める非正規労働者の比率が2018年には21.2%に達した。OECD諸国平均の11.7%に比べ、約2倍である。

国費で運営される韓国労働研究所は昨年10月に発表した報告書のなかで、国内下請け企業の労働者の月収は340万ウォン(334ドル)だが、これは元請け企業における同等の労働者の所得に比べ62%にすぎない。

労働問題を専門とする弁護士で、大統領による労働諮問機関にも参加しているリョウ・スンギョウ氏は、「これはサムスンに限らず、韓国企業社会の問題だ」と話す。「企業グループは利益を持って行くが、多層的な下請け構造を生み出すことによって法的な責任を免れている」

韓国労働省は、下請け企業による安全対策に関して元請け企業の責任を強化することが「不可欠」であると述べている。

労働省はロイターへの声明のなかで、「元請け企業は、自ら統制・管理する労働現場における危険要因・リスク要因について最もよく知っている」と述べている。

さらに同省は、労働者の安全に関して元請け企業が責任を持つべき労働現場の範囲を拡大するため、労働安全関連の法律を改正したと述べている。

昨年、受注量ベースで世界首位となった韓国造船産業では、特にアウトソーシングが盛んに行われている。

韓国造船産業において下請け企業が労働力全体に占める比率は、2000年には半分以下だったものが、2014─15年には70%に達している。2017年に起きたサムスンのクレーン事故を調査した政府認定の専門家委員会による報告書が挙げた数値だ。

下請け企業は、さらにコストを削減するため、業務を二次下請けに回す。これによって「労働災害のリスク増大は避けられない」と2018年の報告書は述べている。

韓国造船産業にとって重要な顧客であるロイヤル・ダッチ・シェルの韓国事業部でシニアマネジャーを務めるジュ・ヤンキュ(Ju Young-kyu)氏はロイターに対し、多層化された下請けは、アウトソーシングの傾向が少ない中国の造船産業と比較して、「韓国造船産業に特有の性質」だと語った。

ジュ氏はさらに、事故を減らすためには低技能労働者の管理・評価を改善する必要がある、と話している。

下請け労働者を使うことによって、企業は労災保険の保険料負担を減らすことができる。

韓国最大の企業グループであるサムスン・グループは、2016年から2019年6月にかけて、労災保険料を4000億ウォン(3億3400万ドル)近くも節約した。正社員が絡む事故が減少し、下請け労働者が絡む事故については責任を負わないためだ。今年、与党国会議員2人が政府内部資料に基づいて発言した。

サムスン重工業に労災保険料と法的責任について尋ねたところ、元請け企業と下請け企業は、個別の事故における法的責任に基づいて(保険上の)責任を分担している、との回答が得られた。

他産業の下請け労働者も、やはり脆弱な立場にある。

たとえば、裁判所の判決によれば、サムスン電子に電話部品を供給しているセイル・エレクトロニクス(Seil Electronics)において昨年発生した火災では、9人が死亡、数名が負傷したとされている。

サムスン電子は、二次下請けであるセイルにおける火災について何もコメントしていない。セイルもコメントを拒否している。

<慰謝料で口封じ>

政府の委嘱による昨年の報告書によれば、韓国では、刑事訴訟において企業と個人のあいだで示談が成立することが、民間の労災事件における処罰の軽減化につながっているという。

この報告書では、2013年から2017年にかけての労災事件に関する1714件の判決を分析した結果、被告の90%以上が、執行猶予付きの判決や小額の罰金刑(ほとんどの事件では1000万ウォン、すなわち8500ドル以下)を受けていると述べている。

報告書の主執筆者であるキム・スンリョン慶北大学校教授(法学)は、「処罰が軽いせいで、企業は安全設備に投資するよりも罰金と慰謝料を支払う方が安上がりだと考えてしまうのかもしれない」と話す。

昌原地方裁判所における5月の判決を見ると、2017年の被害者遺族とサムスンのあいだで法廷外での示談が成立し、それがサムスン社員7人に執行猶予付きの懲役判決につながったことが分かる。

事情を直接知るサプライヤー企業の幹部がロイターに語ったところでは、サムスン重工業は複数の犠牲者の遺族に対し、それぞれ数十万ドルの慰謝料を下請け企業の肩代わりの形で支払ったという。

この幹部によれば、慰謝料の見返りとして、遺族はサムスン重工業や下請け企業を訴えないことに合意したという。この幹部は、匿名を条件として、極秘とされた合意条件について語った。

サムスン重工業は、犠牲者遺族との示談に関して、「個人情報」を開示することはできないとしてコメントを拒否している。事件を直接知る検察当局者は、検察は判決について控訴したと述べつつ、詳細についてはコメントを拒否している。

<「殺されるためではない」>

昨年、発電所における事故で非正規労働者が死亡し、世論の怒りが高まったことを受けて、韓国は1月、下請け企業への外注を制限するよう労働安全関連法規を改正したが、対象となる分野は限られている。

改正法を分析した弁護士・労働問題活動家によれば、来年から発効する制限規定は、造船産業における外注行為にはほとんど影響を及ぼさないという。同産業では昨年、2000件近い労災事故が起き、26人が死亡している。

改正後の規定が造船セクターに適用されるかどうかについて韓国労働省はコメントを拒んでおり、ロイターでは独自の裏付けを得られなかった。

弟を失った2017年のクレーン事故以来、パクさんは、地下鉄やエレベーターに乗れなくなった。いつ事故を起こすかと怖くなってしまうからだ。

国際メディアとのインタビューに初めて応じたパクさんは、倒壊したクレーンが彼の弟を含む喫煙休憩中の労働者たちに激突した後、造船所中に無惨な遺体が転がっていたと話す。

弟のスンウさんは、振り回されたワイヤーが背中に当たり、出血多量のため緊急治療室で息を引き取った。

「救急車のなかで、弟はひどい状態だった」とパクさんは涙ながらに話す。「私たちが造船所に行ったのは働くためだ。殺されるためではない」。

(翻訳:エァクレーレン)

 

韓国の巨大企業グループは下請企業や非正規労働者への依存度がますます高まっていることを認めているが、約25人の労働者、下請け企業幹部、専門家へのインタビューによれば、労働現場での事故に関してほとんど責任を負っていないという。写真はスクリューの運搬に自転車で付き添う作業員。2015年5月13日、ウルサンにある造船所で撮影(2019年 ロイター/Kim Hong-Ji)

 

Reuters
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