世界中のピラミッド(9):メソポタミア

イラク:ウルのジッグラト

ウルク」はメソポタミア西南部で生活しているシナル人の古城の一つで、現在のイラク境内に位置しています。当時では、最大の都市として、5~8万人ほどの人口が6平方キロメートルの範囲内で生活していました。

およそ紀元前3400~3100年、シュメール人がここで文化を築き上げ、これをウルク文化と呼んでいます。当時の人々は銅器や陶器を製造し、巨大な建造物を立ち上げ、絵や文字も使われており、後の楔形文字がここから由来していると言われています。

人々は神殿を城の中心都市、各城に必ずと言っていいほどジッグラトが立てられていました。当時の人々は山が天と地を支えていると認識し、また、山の中には生命の泉が流れ、神々と人間の間をつなぐ架け橋と考えていたので、祭祀の場所として、古代エジプトのピラミッドに似た巨大なジッグラトを建てたのです。

「ウルのジッグラト」は紀元前2112年~2095年の間、ウル城の守護神である「月の神ナンナ」へ捧げる神殿として建てられました。

ジッグラトはウルの中心地にある高さ6メートルの高台に位置し、イギリスの考古学者、レオナード・ウーリーによって発掘されました。

「ウルのジッグラト」は4階建てで、土台も合わせれば、高さ21メートルもあります。正面と左右から真っすぐな階段があり、それぞれの階段には100の段差があります。正面の階段は3階まで直通で残りの2つの階段は壁に沿っています。

「ウルのジッグラト」は基本的に日干しレンガでできており、壁には控え壁と呼ばれる突き出し部分がついています。また、ジッグラト内にも直線の部分はなく、視覚補正建築法が用いられています。

「ウルのジッグラト」は現存しているメソポタミア建築の中で、保存状態が最も良好なもので、『聖書』に記されたバベルの塔の原型とも言われています。

 

(つづく)
――正見ネットより転載
(作者・意文/翻訳編集・天野秀)