【紀元曙光】2021年1月21日

ウラジミール・レーニン(1870~1924)はソ連の初代最高指導者。今日がその命日である。
▼レーニンは筆名だが、本名ではないこの呼び名が、歴史の白木地にナタを打ち込むように刻まれている。時は20世紀の初頭。世界の東西の大国で、ほぼ同時期に最後の帝政とされる王朝が革命により終焉させられた。東は中国の清朝。西はロシアのロマノフ王朝である。
▼中国の倒清運動は、1911年末から翌年2月の辛亥革命によって一応の成果をみる。後に建ったのは「アジア初の共和制国家」である中華民国だが、実際には軍閥割拠の不統一状態となり、とても孫文の手に負える国情ではなかった。これを伏線として、蒋介石による第三次北伐が1926年から開始される。
▼ロシアでは1918年7月、ラスト・エンペラーであるニコライ二世およびその家族の、子供も含む全員が処刑(というより惨殺)される。処刑に当たったのは、レーニンが設立した秘密警察組織チェーカーが率いる外国人部隊であった。
▼レーニンは、なんと今もモスクワのレーニン廟の中に、ホルマリン漬けの状態で存在する。ソ連崩壊後、レーニン廟の解体案は何度も出ているが、そのつど多くの反対に遭い現在に至っている。生前の所業がどうあれ(偉大であろうが、悪魔であろうが)死後は火葬または埋葬するのが、正常な遺体の扱いではないか。
▼その異様な慣習は中国にも伝わった。北京の天安門広場にある毛主席記念堂がそれである。こちらはホルマリン漬けではないが、いずれにせよ、共産主義の亡霊は21世紀の現代にも残っている。