THE EPOCH TIMES

【党文化の解体】第1章(4)  「伝統文化を否定する」

2008年03月31日 01時00分


 このため、中国の史書は、歴史事件の真実を記録しただけでなく、当時の官制、天文、地理、水利、商業、兵法、音楽、科学など諸方面の百科事典式の著作でもあり、その中に史書編修者が持っている儒家の道統も含まれている。

 このような儒家の歴史観は、重厚な中華伝統文化を受け継いだものであったが、これは、中共政権が当初から消滅しようとする対象でもあった。そして、共産党が中国文化を消滅させるための有力な武器は歴史唯物主義である。

 この歴史唯物主義は、歴史の発展を「階級闘争」の結果、または生産力と生産関係との矛盾の結果だと解釈し、無産階級は資産階級との闘いの中で政権を樹立し、共産党が無産階級の先鋒隊として自然と権力を掌握すると断言した。

 このような階級分析の方法で考えれば、古代の帝王や知識人たちがいくら良いことをしたとしても、搾取階級の代表者として、全てが否定され批判されるべきであり、逆に暴動を起こした反逆者たちは、たとえ彼らがいくら人々を殺害し、いくら婦女たちを姦淫したとしても、彼らは無産階級で圧迫されていたものだから、全てが宣揚され賛美されるべきである。同様に考えれば、民の利益を保護した歴代の清廉な官僚たちは、「階級矛盾」を緩和し、搾取階級の統治を継続させたものとして、私腹を肥やした悪徳な官僚よりも厳しく批判されることになる。

 中国人は、「生死に命あり、富貴は天にあり」、「善悪に報いあり」と信じ、富貴名利のすべては、前世と今世で積み重ねた所業の結果だと認識していた。富貴になろうが、貧窮しようが、「達すれば天下を救済することを兼ね、貧すれば即ち独りその身を善くする」という中国の古代社会では、共産党の「階級闘争」史観に宣揚された「これまでのすべての社会の歴史は、階級闘争の歴史である」という歪んだ論理など存在しなかった。

 中国の伝統文化は、包容力のある文化であり、儒教・仏教・道教の三つが併存し、儒家の学説中でも、程朱の理学と陸王の心学が併存し、道教でも南方の正一教と北方の全真教とが併存し、仏教でも禅宗、浄土、天台、華厳等のさまざまな宗派が並存し、西洋のキリスト教、カトリック、ギリシャ正教、ユダヤ教、回教等、すべてが中国文化と相容れることができた。

 これは皆、中国人の広い包容性と調和を重視する精神の顕れであり、事実、中国ではこれまで、宗教間の戦争や宗教内部の宗派間の戦争は、起こったことがなかった。

 ところが、このような包容思想は、中共の階級闘争の思想と明らかに対立しており、消滅の対象とされた。

 中共は、闘争のために闘争したのではなかった。それには少なくとも二つの目的がある。一つは、人々に闘いの中で互いに信頼を失わさせ、ばらばらの砂のようにすることによって、中共が統制しやすくするためである。

 もう一つさらに重要な目的は、中共が趙高の「鹿を指して馬だと言う」という権謀術数(※)を使って人々を操ることだ。すなわち、鹿を指して馬だと認めた者は、趙高に信用され重用されたが、良心が残っていたため黙して語らなかった者は排斥され、それを認めない者は殺されてしまった。

 ただ、趙高のこの権謀術数は、ただ宮廷内で行われたに過ぎなかったが、中共はそれを全国民に強要した結果、それが「大衆文化」となったのである。例えば 、「土地改革」、「鎮反(反革命分子の鎮圧)」、「商工業改造」、「演劇界の制度改正、人物の変更と物語の改変」など、多くの運動は皆、「鹿を指して馬だと言う」ことの踏み絵(検証)となった。

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