印刷版   

ドイツ在住の中国人学者・仲維光氏

ドイツ在住中国人学者、中国知識人について語る(その二)

 【大紀元日本12月13日】ドイツ政府系ラジオ局「ドイチェ・ベレ」 (DEUTSCHE WELLE)は今年8月、中国語放送部責任者の張丹紅氏(女性)に対して、番組司会を一週間降板させる処分を下した。張氏は北京五輪期間中、自社報道や多くの公の場で、「チベット」や「法輪功」関連のサイトをフィルターリングする中国当局のインターネット封鎖を擁護、中国共産党を「世界人権宣言」第三条の実現に 「世界のいかなる政治勢力よりも多大の貢献を捧げた」と賛美するなど多くの普遍な価値観に反する発言をした。同事件は、海外在住の中国人圏の親共派と独立派の間、大きな論議を起こした。北京大学出身で、20年も前にドイツに留学し、移住した、自由世界の民主及び人権の価値観に馴染んでいるはずの張丹紅さんは、なぜ中国共産党当局を代弁する発言を未だにしているのだろうか。

 張氏と似たような海外在住の中国知識人が、日本を含めた海外多くの民主国家にも多く存在している。中国のエリート大学で教育を受けた後、海外に留学、海外の大学でも更なる教育と教養を深め、学問及び専門領域で成果を出し、現地社会の主流に入り、しばしばテレビなどのメディアで中国問題の専門家として現地社会の視聴者に中国への理解において影響を与えている。しかし、中国で頻発している各問題において、学者のあるべき独立の立場を保てず、共産党教育で形成された独特な「共産党文化」を抱え、共産党当局を代弁する役割をしているのがほとんどである。

 民主社会で高度の教育を受け、長い年月を経ても、なぜ共産党文化を捨てられないのか。全体主義を研究テーマとするドイツ在住の独立派華人学者・仲維光氏と、分析哲学研究者・還学文氏が2006年、新唐人テレビ局の番組「中国フォーカス」で、中国知識人の特徴と、それが形成された環境、その変化などについて討論し、中国知識人に対する理解において、示唆に富む発言を行った。

 夫婦である仲氏と還氏はとも、80年代に中国大陸からドイツに移住した学者。還氏は、中国現代著名の哲学者、ウイーン学派唯一の中国人メンバーであった洪谦氏の弟子である。1983年ドイツに留学、分析哲学の研究に専念してきた。仲氏は、元中国科学院出身で、近代物理学思想の研究者だった、88年ドイツに移住した後、東ヨーロッパの共産主義社会と、共産主義国家の知識人について研究をしてきた。2006年、他の海外独立派の華人学者と民主運動家らと共に、共産党文化から離脱を提唱する「中国自由文化運動」を始めた。

 両氏の対談をここでまとめ、3回に分けて紹介する。今回は第2回目(第1回目はこちら)。

 

 5.中国知識人を伝統と世界から分断させた共産党

 仲氏:東ヨーロッパは共産党政権下に置かれても、知識人が労働者との繋がり、知識人が教会との繋がりが許されました。しかし、中国ではこのような現象はありませんでした。その原因は、中国共産党政権は、伝統文化を徹底的に殲滅し、中国の知識人と伝統との接点を切断しました。また、世界との接点も切断しました。

 私は全体主義について研究していく中で、全体主義は二つの特徴を持っていることがわかりました。その一つは、伝統に徹底的に反すること、二つ目は、近代の自由主義の価値観に反することです。全体主義のこの二つの特徴は、中国共産党でも完全に反映されています。共産党が育成した第二、第三代の知識人の中でも反映されています。

 これらの知識人が、文化大革命の中、自分自身が残酷な迫害を受けていたにもかかわらず、10年も続いた文化大革命が終わった後、共産党に従った自らの過去を反省せず、中国の伝統と西洋社会に反する自身の考え方を顧みなかったのです。相変わらず、中国の伝統に反するべきであると言い続け、文化大革命が起きた根源は、中国の伝統文化の封建思想であると言いつづけているのです。実際、文化大革命の終結は、中国の伝統文化に反する潮流が結末を迎えたということではないのです。

 6.文化大革命が終結して30年後、なぜ文化は更に堕落したのか

 仲氏:文化大革命が終了した1976年から30年以上も経った今日、中国の文化及び中国の知識界の堕落は、中共政権以来比べるものがなかったと中国人自身が等しく語っているのです。左翼であれ、右翼であれ、共産党擁護者であろうが反対者であろうが、すべての中国人がそう言っているのです。文化大革命が終わってから30年の発展は、なぜこのような結果を招いてしまったのか、なぜ文化は更に腐敗、更に堕落したのか、その原因は実は私が先ほど話したように、伝統に反する、自由と民衆の価値観に反する傾向の「共産党文化」にあるのです。

 70年代終わりから80年代に架け、「傷跡文学」(傷跡とは、文化大革命で受けたトラウマを表現する)が現われました。北京市であらゆる文化シリーズの著作が出版され、あらゆる文化問題の討論が行われました。その後の80年代、所謂「より緩めた空間」も現われました。私が現在はっきり言えるのは、これらの文学現象は、中国現代社会における中国文化の壊滅を更に加速させ、現在文化及び各社会面での腐敗現象を加速させました。つまり、多少自由派傾向があるとかつて思われた知識人が、こういう文学現象を通して果たした働きは、ポジティブではなく、更なるマイナスな効果をもたらしたのです。

 なぜそう言えるのでしょうか。文化大革命後に現われたこれらの文学現象は、本来、私たちに自己反省する可能性、共産党を再認識する可能性を与えるはずだったのですが、これらの知識人は反省するところか、共産党が生き延びるチャンスを与えてくれたと賛美するばかりでした。これによって中国社会の文化壊滅の過程が加速されたのです。この時期の知識人が、前代の知識人とは違い、中国伝統文化からの存続とも西洋科学からの学術訓練もなく、今日の中国知識界の堕落は、80年代のこれらの知識人の典型的な現象なのです。

 7.90年代、中国社会を伝統文化の道に復帰させた一般民衆

 仲氏:しかし、私が以前から思っていたのは、中国の伝統知識人の美徳を、中国社会から完全に壊滅するのは不可能ということです。幸いにも、90年代終わりに、その伝統は、中国社会で再生する芽生えが見えたのです。ただ、知識人としての私にとって、あまりの皮肉なことは、その伝統の再生は、中国の知識人により推進されたのではなかったのです。

 私たち知識人の中でも一部の人は絶えず、中国社会を伝統の道に再び接続させようと努力してきましたが、多くの影響は果たさなかったのです。しかし、90年代終わりに、一部の一般大衆が、伝統に帰依する新たな生活スタイルを選ぶことによって、中国社会に大きな影響を与えたのです。

 これらの一般大衆は、共産党文化とそこから学んだ知識が、みずからを束縛し阻害していることに気がつき、別のものを求め始めました。その求めに導かれて、一つの文化と知識現象を再認識することが出来ました。90年代終わりに現われた法輪功現象がそれです。

 私は、法輪功現象に気づき始めたのは、99年の後です。東ヨーロッパと中国の比較研究をした際、私がよく考えていたのは、どうして中国では東ヨーロッパのように、共産党を抑制する教会のような伝統的な存在はなかったのでしょうか。法輪功のことを聞いた後、私は突然、この答えがわかりました。共産党を抑制する伝統な存在は中国にはないのではなく、民間で密かに成長しているのです。ただ、90年代終わりに、中国社会は初めて東ヨーロッパと平行する道に入ったのです。東ヨーロッパ諸国の協会のように、中国はキリスト地下教会(家庭協会)や、法輪功などの現象が現われたのです。

 この新たな現象は、中国独特のものです。共産党体制の東ヨーロッパでは、教会と知識人、労働者運動が共産党を抑制する存在だったのですが、中国では法輪功学習者が中国の伝統文化を通して独裁専制に抵抗したのです。

 8.90年代、中国知識人集団に変化をもたらした二つの重要な事件=89年六四事件と99年法輪功弾圧事件

 仲氏:89年以後、二つの重大事件をきっかけに、中国の知識人集団に変化が起きました。

 89年の天安門虐殺事件は、中国社会に大きな政治的衝撃を与えました。中国の知識人がこれをきっかけに民主運動を始め、一部の人が、共産党から離脱しました。しかし、3、4年後、海外の民衆運動状況は非常に悪くなり、中国知識人の状況も乱れています。89年共産党が武器を民衆に向かって発砲したのを目撃しても、私と同年代の知識人は、世界を見る目と考える頭はすべて共産党により変えられました。文化大革命後、知識人は自らを徹底的に否定することも出来ず、新たな追求の目標も見つけられない。90年代中期になると、民主運動はすでに低迷し、中国の知識界は周章狼狽の状況になってしまいました。

 一方、99年法輪功弾圧の事件の後、中国社会で共産党に対する抵抗と、文化における自己反省の現象はますます深く発展しました。中国社会全体は、共産党から離脱する運動に入り、共産党文化から離れる文化運動の潮流も高まっています。実際、この弾圧は、一般大衆、つまり知識人が重視しない民衆を対象するもので、(文化大革命のように)エリート知識人は多くなかったのです。私は、その現象を興味深く思っています。

 なぜ文化人階級ではない人々が、大きな文化貢献をしたのでしょうか。なぜ知識人集団ではない人々が、新たな知識の道を選んだのでしょうか。私から見ると、その背景に深い伝統文化と知識があるのです。89年の天安門事件後、西社会の支持を受けた海外中国人の反体制者らは、自らの新聞、自らの放送局、自らの作品を一つも出したことがなかったのです。しかし、99年の法輪功弾圧事件後、伝統文化を愛する新聞紙である大紀元時報、伝統文化を推進するテレビ局と放送局が設立されたのです。更に多くの文学作品、王玉芝さんの「生と死を超えて」や、曾铮さんの「静水の下流れが深い」のようなあらゆる文化作品が誕生したのです。それらは、知識界に新しいタスクを呈示したのです。中国の知識人が誠実に生活に向かい、誠実に社会現実に向き合うことが出来れば、必ずや法輪功学習者に負けずにキャッチアップできると思います。(続く)

 
(翻訳・肖シンリ)

 (08/12/13 10:13)  





■関連文章
  • EUに新変化、中国人権への支持強化(08/12/12)
  • 中国に法輪功への迫害制止を要求、18カ国政治要人国連宛に書簡(08/12/11)
  • 国連・中国拷問問題報告書に、中国当局が抗議(08/12/08)
  • ドイツ在住中国人学者、現代中国・知識人を語る(その一)(08/12/04)
  • 「弁護士人権賞」・李平和氏、北京当局により出国禁止(08/12/03)
  • 『九評』、時代の大きな流れを造る(08/11/27)
  • GNR 新アルバム発売開始:「中国民主」、法輪功言及で中国に入れず(08/11/24)
  • 国連、中国に臓器狩りの実態調査命じる(08/11/24)
  • 「九評」と法輪功がもたらした奇跡(08/11/23)
  • 【中国伝統文化】司馬光と「徳」(08/11/16)
  • 【中国伝統文化】苦しむことは、福である(08/11/13)
  • 中国の法輪功集団弾圧は、当然中止すべきだ=台湾民進党党首(08/11/07)
  • 中国で監禁中の親の救援を求め、在日中国人女性が国会前で嘆願活動(08/10/26)
  • 中国著名画家・范一鳴さん、北京で拘束(08/10/25)
  • 「麻生首相、私の家族を助けてください」(08/10/25)