印刷版   

【名句人生】 寛容な心

作者・貫明

 【大紀元日本12月29日】

 中国の清の時代に張英という官吏がいた。彼の実家で屋敷の境界をめぐって隣人との争いがあり、実家の人は彼に掩護を求めてきた。彼はそれに対し、「千里修書只爲牆,讓他三尺有何妨。長城萬里今猶在,不見當年秦始皇。」という詩を返した。意は「はるばると手紙を書いてよこしたのは、ただ土塀のためだけだったのか。隣人さんに3尺(1メートル)ばかり譲るのが、いったいどんな困ることがあるというのか。万里の長城は今なお存在しているが、それを作った清の始皇帝はもういない」。人の営みははかないもので、たかが土塀で争うのはばからしいという意味である。

 実家の人たちはこの詩の意を悟り、自ら土塀を3尺退いた。隣人は張家の寛容さに敬服し、同じように塀を3尺後退させた。結果、道幅が広くなり、人々はこの地を「6尺巷」と名付け、張英の徳行を称えた。

 また、釈迦牟尼が修行していた時の話である。ある日、釈迦牟尼が村人達に囲まれ、罵声を浴びてしまうが、釈迦牟尼はみんなの罵声に静かに耳を傾けた後、「今日は隣村に行かなければならないが、明日は時間があるので、まだ話のある方は、その時に集まって、ゆっくりお話を聞かせてください」と話した。村人は釈迦牟尼の反応を不思議に思い、「われわれの言ったことが聞こえなかったのかい?どうして反発や反論はないのかい?」と聞いた。「反発や反論を聞きたければ、10年前の私に言ってください。今の私はもう人の話に心が左右されない。自分の考えに基づいて行動しているのであって、人の態度や気分で情緒が動じることはない」と釈迦牟尼は答えた。

 唐の詩人孟郊の『秋懐』という詩に「君子山岳定、小人丝毫争」とある。君子は辱められても、利益が損なわれても、山岳のように動じない、一方、器量の小さい人は、微かな利益のためでも、争い戦うという意味である。名利や損得を淡白に見ることのできる人は、人に対しても寛容な心で包み込むことができ、度量の大きな「君子」でいられる。そして、寛大な心の「君子」は、その寛容力が人に尊敬され、より心豊かな心境で暮らすことができるのだ。

(翻訳編集・心明)


 (09/12/29 10:05)  





■関連文章
  • 【歴史物語】人に寛容な心をもつと、よい報いがある(09/11/09)
  • リンカーン大統領が示した寛容の力(09/07/01)
  • 【伝統文化】慈悲心が人を正道に連れ戻す(06/12/14)
  • 教育コラム【夢かなえ】―若手教師奮闘記(06/11/02)
  • 一歩譲れば、世界が開ける(06/10/02)
  • 寛容は人心を掴む(06/01/30)
  • モーツァルト生誕250周年 癒し系古典音楽(06/01/30)
  • 「-小説-」寛容(05/07/20)