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唐太宗の書道作品「温泉銘」(ネット写真)

中国書道を最盛にした提唱者、唐代皇帝――唐太宗

作者:許平和

 【大紀元日本12月1日】

 中国歴史上で最も有名な皇帝の一人である唐太宗(タン・タイゾン)は、清廉潔白な政治を行い、部下の才能に応じて採用したことにより、当時は国が繁盛し、民も裕福であった。唐太宗は傑出した政治家、軍事家、賢明な君主として、歴史に名を残しただけではなく、芸術愛好家であり、芸術及び書道に造詣が深く、有名な書道家でもあったことはあまり知られていない。

 唐太宗はかつて、有名な書道家・虞世南(ユゥ・シーナン)に書道を学んでいた。また、在位期間中に集めた各書道家の300余の作品を、150巻の書物として分類し纏め、仕事の合間に臨模し鑑賞したりした。唐太宗同人が後世に残した有名な書道作品は「晋祠銘(ジンチーミン)」及び「温泉銘(ウェンチュアンミン)」である。前者は筆勢が雄渾であり、後者は健やかで流麗であり、両者ともに王羲之(ワン・シーズ)の志が受け継がれていると言われた作品である。さらに、行間に才知が表されており、帝王が持つ風格が漂い、名人たちの作品の中に両作品を並べても、全く遜色がないのである。

 唐太宗は、中国書の書道歴史における影響は同人の素晴らしい書道創作だけではなく、当時、皇帝の身分で書道の提唱に尽力し、唐代の書道芸術が中国歴史上で最も輝かしい時代に仕上げたことこそが最も重要である。古代書物では「唐太宗が即位した直後に、本殿の右側に『弘文館』を設立した。文武官職五品以上の者で書道を好む人は、その館内で学ぶことができた。また、有名書道家の欧陽詢(オウ・ヤンシュン)、虞世南が教師として館内で教授する」と記載してある。

 唐太宗の在位中の貞観2年に、国子監(過去の最高の教育管理機構で、最高学府も兼ねることもあった)に所属する教育機構を一環とする専門的な書道機構として「書学」を設立した。さらに、国の役人や人材を採用する際に、「書道」を科挙試験(隋代に始まり、清代に廃止された官吏採用の試験制度)の必須項目として取り入れられ、制度化された。書道芸術を栄えさせる最大の原動力であった。

 唐太宗が書道を提唱したため、書道を嗜むことが流行し、当時の文人官吏が書道芸術の研究に専念させることを促進した。それも唐代に多くの有名な書道家を輩出した要因である。唐太宗の提唱がなければ、欧陽詢、虞世南、柳公権(リュウ・ゴンチュアン)、顔真卿(ヤン・ゼンチン)、孫過庭(スン・グォティン)、褚遂良(チュー・スイリァン)等などの名人も現れなかったであろう。このことから、唐太宗は中国歴史上の「賢君」だけでなく、中国書道史上における最大な「功臣」でもあるとも言えよう。

(翻訳編集・豊山)


 (09/12/01 05:00)  





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