■大紀元日本 http://www.epochtimes.jp/jp/2009/12/html/d11655.html



自ら礼儀正しく丁寧な態度で人に接する(clipart.com)/

教養のある人ほど謙虚である

作者:軽舟

 【大紀元日本12月20日】

 昔、英国の私立貴族小学校で、生徒に対し礼儀正しく丁寧な態度で接することで有名な校長先生がおり、彼はその理念について、「ここにいる子ども達の中には将来きっと、この国を代表するような人物が現れると思います。その中には、イギリスや世界をリードする大物も出てくるはずです。それが、私が謙虚にうやまうような態度で子ども達に接する大きな理由です」と話したそうだ。

 英国の教育界で、王のような社会的な地位を持つこの校長先生は、決して、子ども達の輝かしい家庭的な背景や巨額な学費を納めたなどという理由で、子ども達に謙虚に接しているわけではない。実は、英国の上流社会では、このように教養があり品位のある人達は少なくないのだ。彼らは、良い家庭教育を受けており、礼儀正しく、人を敬うことができるという共通点がある。

 他人を尊敬することとは、上司や両親又は、権力のある人々に対してだけに礼儀ただしく丁寧な態度をするのではなく、全ての事柄、人、物、部下、自分の子ども、接する相手の人、しいては布施などをした貧しい人に対しても丁寧な態度で接することを言うのである。

 私が以前見たあるアメリカ映画の中で、人々は大道芸人に小銭を入れ物に投げいれるのではなく、それぞれが腰を低くして1ドル札を入れ物に置いて行くのである。そのことから、かつて自分が買い物をしたときに、お金を両手で持ってレジ係に渡し、さらに「ありがとう」と言ったことがあったのだろうかと考えさせられた。実は以前、自分に片手でおつりを渡したレジ係の態度に不満を覚え、買い物を拒否したこともあった。これらのことから、謙虚な態度を他人に求めるのではなく、自らが率先して、これらのことを行なわなければならない、ということに気づかされたのだ。

 人を敬うことの大切さを知る機会を与えられ、それにより教養のある人間になれたことは、まさに神さまが自分に与えてくれたご褒美であると悟った。

(翻訳編集・豊山)