【紀元曙光】2020年10月10日

古典落語のなかに、「台湾」の名が出てくる演目がある。
▼「ちりとてちん」。もとは「酢豆腐」という江戸落語だった。それが上方落語の「ちりとてちん」になり、いつしか里帰りして、今では東京の落語家もよく演じている。確かに「ちりとてちん」のほうが、題名からして面白い。といっても、決して台湾を揶揄する話ではなく、むしろ台湾に親しみをもつ日本人が創った楽しい落語であると思ってよい。
▼噺(はなし)の根幹だけいうと、こうなる。いつもの顔見知りのなかに、何でも知ったかぶりをする男がいた。今日は、そいつをこらしめてやろう。用意したものは、なんと腐って悪臭を放つ豆腐。ビンに詰めて、「これは台湾の有名な食べ物だそうだ。人にもらったけれど、食べ方がわからない。あんた知ってるなら、食べてみてくれないか」。
▼すると、その知ったかぶり男が、「おお、これは台湾の名物だ。おれは昔むこうにいて、毎日食っていたよ」。名前は何というんだい。「ええと、ちりとてちん、だったかな」。じゃあ食べてみてくれよと言われて逃げられなくなり、目を白黒させながら一口パクリ。「どんな味だね」と聞くと、男は涙声で「ちょうど豆腐の腐ったような味だ」。
▼小欄の筆者は口にする勇気がないので味は知らないが、中国や台湾などの中華圏には、腐乳(フールウ)という発酵食品がある。おそらく、そういうものをどこかで見た日本人が、落語の「ちりとてちん」を考えたのではないか。
▼10月10日。双十節は中華民國の建国記念日。台湾へ行きたいなと、いつも病的なほど夢みている。