≪医山夜話≫ (17) 

ナンシーのカルテ④

ナンシーが私のクリニックを最後に訪れてから、だいぶ日が過ぎました。私の推測では、彼女の化学療法は第一段階と第二段階を過ぎたはずです。知らせがないのはよい知らせだと自分に言い聞かせ、ナンシーが回復していることを願いました。

 ナンシーがクリニックを再び訪れたのは、私が彼女のことを考えていた矢先でした。彼女は車椅子に乗せられて、体は三分の一くらいに萎んでいました。以前の彼女は体が大きく自信満々な感じだったのですが、今はとてもその頃の面影はありません。最も驚いたのは、彼女の目・鼻・耳などから血が滲みでていることでした。血の滲んだ汗が彼女の肌から流れていました。このような症状を私は見たことがありません。私は、ナンシーの夫に、彼女をすぐにでも救急病院へ連れて行くよう提案しましたが、意外にもナンシーは強い口調で反論しました。「いいえ! もうあの場所へは、二度と行かないわ。もう一度行けば、私はもうその部屋から出ることができなくなる!」

 ナンシーの目からは血の滲む涙がこぼれました。彼女は弱々しくなりながらも、これまでの経緯を話してくれました。

 ナンシーは、彼女の症状は化学療法による副作用だと話してくれました。通常、化学療法は患者の反応を見ながら薬の使用量が決められます。しかし、看護師は誤って大量の薬をナンシーに投与してしまいました。薬が投与されようとする直前、ナンシーは不吉な感情に襲われました。彼女は、もし何か自分の身に起きたら、もう一度私のクリニックを訪れるよう夫に頼んでいたのです。

 化学療法の後、ナンシーは高熱とともに意識不明の状態となり、体中から血が滲み、髪と爪が抜けてしまいました。彼女は蘇生され、再び意識を取り戻しました。ナンシーの夫は彼女の言葉を思い出し、彼女を連れて私のクリニックを訪れました。

 彼女は、意識を失ってからの状態を私に話してくれました。「薬が投与されてから、私の体は火から氷に変わりました。そして、私は地獄を見たのです! それは、聖書に書かれたような地獄だったわ。最初に、私は火にあぶられました。私の肌が焼ける匂いは、今でも覚えています。次に、私の体は氷の穴に投げ込まれました。私の骨がボキボキと折れて、関節が外れていく音を聞きました。次に、私は鉄板の上で焼かれていました…」

 私は、言葉を失いました。そして、「私に何かできることはないでしょうか?」と聞きました。

 驚いた事に、ナンシーは私に瞑想のやり方を教えて欲しいと言いました。

 私は感動を覚えました。彼女は、こんなにも大変な目にあっているのに、人生の意義をみつけようとする願いがあるのです。しかし、ナンシーはまっすぐに座る事もできませんでした。私が「いつから瞑想を始めたいですか?」と聞くと、彼女は「すぐにでも」と答えました。すると私は、つい口が滑って、「命を長引かせるため?」と聞いてしまいました。

 ナンシーは、こう答えました。「いいえ。真の平和、調和、静寂を感じ、闘争や苦しみのない世界を経験するため…私の命が尽きる前に…」

(翻訳編集・陳櫻華)