≪医山夜話≫ (24)

体から魂が抜け出た人(下)

 「あなた、あと7日で納税の締め切り日が来るわ。書類を整理して、すぐに郵送しなければだめよ。もし今回も以前のように、だらだらとそれを遅らせるなら、私はこの家からすぐに出ていくわ…」まだ夜の明け切らない早朝に、妻は彼の耳もとで呟きました。

 「それは僕への警告なの?」と彼が聞くと、「いいえ、ただのお知らせよ」と妻は平然と答えました。

 彼にとってそれを達成することがどれほど難しいか、どれほど私を苦しめるか、彼の妻もよく知っていましたが、すでに彼女の忍耐は限界に達していました。
 


 私の診療所に来た彼は放心したように座り、ポケットから財布を取り出して何かを探しはじめました。1枚の写真が彼の財布から落ちると、私はそれを拾って彼に渡しました。その写真はとても古く、5歳ぐらいの子供が映っていました。落書きのような模様が、その子の顔いっぱいに描かれています。なぜこの写真を彼が大事に持っていたのか分かりませんでした。

 彼は、私が質問する前に写真について話してくれました。「この写真は、私が5歳の時に撮られたものです。あの頃、姉は絵を書くことに夢中で、特に人の顔に模様を描くのが大好きでした。ある晩、寝ていた私の顔に姉が模様を描きました。深夜になって、私は突然高熱を出して意識が無くなりました。それで私は病院に急遽、運ばれたのです。医者は、私の顔に描かれた模様が姉の仕業だと知った後、カメラにそれを収めました」

 私はその時、中国の昔話を思い出しました。「寝ている人の顔に模様を描いたら、その人のは体に戻れなくなる」という古い民話です。

 「あなたのおかしな症状は、それから始まったのですか?」と私は聞きました。

 彼は少し考えると、「そうだと思います」と答えました。

 私は少し彼の事情が分かったような気がしました。彼の魂は、それきり二度と体に戻ってこなかったのです。彼は50年近く、魂を失くした抜け殻のように生きて来たのです。精神病とも違う、何か彼の神経が一本、抜け落ちているという印象でした。魂の抜けた彼の体は興奮すれば少しも落ち着かず、ケガなどの危険も避けられず、気がふさぐ時はベッドから起きられずに、自分の体がどこにあるのかさえ分からないのです。

 人間は魂魄(こんぱく:魂は精神を、魄は肉体をつかさどるたましいのこと)がなければ、感情をコントロールできなくなります。そうなると、気の向くままに動き、危険を避けることができません。それはとても辛く、悲しいことです。

 私は彼に、心身を調えて心を修める方法や、座禅をすることなどを話し、漢方医の治療方法を説明しました。それは、心のバランスを整え、物事に対して一心不乱に集中するトレーニングでした。最初は1分間だけ心を静めることから初め、何度か試みることにより精神を落ち着かせて気を集め、気が集まることにより体の形成が完全になるのです。体の形成が完全になれば、彼の魂魄は戻ってくるということなどを話しました。

 私の話を聞いた後、彼は早速、瞑想を始めました。

 

(翻訳編集・陳櫻華)