掛谷英紀コラム

プロパガンダに乗せられない人間になるために

2019年11月06日 12時37分

前回、左翼中核層の巧みなプロパガンダ戦略は、社会心理学を何十年も先取りしたものだと述べた。では、そうしたプロパガンダ戦略に乗せられない人間になるにはどうすればよいか。要点をまとめると次のようになる。

1.目先の利益に惑わされるな
2.権威や肩書を信用するな
3 自分の卑しい心と向き合い、それを乗り越えよ

以上3点について、順に解説したい。

1.目先の利益に惑わされるな

左翼中核層の代表的なプロパガンダ手法は、中国故事の朝三暮四と同じである。狙公は猿に朝に三つ、夕暮れに四つのトチの実を与えると言って猿を怒らせた後、朝に四つ、夕暮れに三つのトチの実を与えると言って猿を喜ばせた。実は、人間もこの故事の猿と同種の判断をしがちなことが分かっている。行動経済学には双極割引理論と呼ばれる理論があり、人間は未来の価値を過剰に(指数関数的ではなく双極関数的に)割り引く傾向があることが実験的に確かめられている。たとえば、6年後に2万円をもらえるのと9年後に3万円をもらえるのでは後者を選ぶが、今の2万円と3年後の3万円なら前者を選ぶといった例がこれに該当する。人間は目の前の誘惑に非常に弱いのである。

左翼はこうした人間の習性を昔から熟知しており、目先の利益と引き換えに社会に長期的ダメージを与えてきた。子ども手当、ガソリン税廃止、高速道路無料化など、目の前の利益を確約する裏で、防災インフラ、防衛力、治安、経済力などを削りにくる手法はそれを象徴する。中国共産党が、目先の利益を餌に日本企業を誘致して、後で身動きとれない状態に追い込む手口もこれに該当する。

人間は日々の生活が苦しくなると、どうしても目先の利益に踊らされてしまう。だから、政治が国民生活を安定させることが、人々がプロパガンダに影響されないようにする上で大事になる。過当な競争を生むグローバリズムや新自由主義は、左翼のプロパガンダが効く土壌を生むことを為政者はよく理解すべきである。

2.権威や肩書を信用するな

左翼が好んで使うプロパガンダに権威主義の利用がある。普段、左翼は既存の権威をしばしば批判するが、その一方で自説を通すときは権威を持ち出して自己正当化する。

左派学者は、古典を持ち出して自説を権威づけることもある。ゆとり教育推進の根拠にジャン・ジャック・ルソーの教育論を持ち出したのはその例である。彼らは、ルソーを引用し、子どもは放っておいた方が個性豊かな人間に育つと主張した。しかし、ルソーの『エミール』を読むと、彼らの主張は所謂「切り取り」で、原典の趣旨を全く反映していないことが分かる。『エミール』の冒頭で、ルソーは育てる子どもに種々の条件をつけている。その上で、それらの条件を満たす子どもは、放っておいた方が立派に育つと言っているのである。誰もが放任教育に適していると言っているわけではない。

左派学者にとって、真理は自分の頭の中にある。だから、都合のいいデータや文献の一部をつまみ食いして、自説を権威づける。われわれ科学者にとって、真理は外にある。だから、実験や観察を繰り返して自説の妥当性を検証する。もし、あなたが文系の学生で、健全な人文・社会科学を実践したいなら、左派学者による教育に頼らず、自分で文献を読み、データをとる習慣を身につけることをお勧めする。

現実には、多くの人にとって、自分で調べるのは面倒な作業である。そのため、権威や肩書を頼って情報の真偽を判断しがちである。そこが左翼の狙い目となる。

筆者の研究グループでは、2016年にアマゾンのブック・レビューに基づく先見力のある人物とない人物の特徴分析という研究を行った。この研究では、評価の趨勢が時間経過とともに大きく転換した書籍について、転換期よりも前の時点でその書籍のレビューをしているレビュアのうち、転換後に趨勢となる評価(星の数)のレビューをしていた人を先見力がある、逆に転換後に劣勢となる評価のレビューをしていた人を先見力がないと定義した。評価が下がる本は、後に間違いと判明することが書かれたものが多く、プロパガンダ色の強い本といえる。よって、先見力がないレビュアはプロパガンダに乗せられやすい人と言い換えることもできる。

先見力があるレビュアとないレビュアのレビューを機械学習にかけ、それぞれどのような言葉を多用する傾向にあるかを分析したところ、先見力のあるレビュアのレビューには、「作者」の「自己」満足、分かり「にくい」、「新しい」切り口といった本の内容に関する分析や、「最初」の一冊におすすめ、「十分」、不「十分」といった他のユーザーへの推薦に言及するときに使う言葉が多く見られた。一方、先見力のないレビュアについては、「テレビ」化した本、「メディア」や「テレビ」に出ている著者といった、マスコミの権威に流されていることを示す表現が多いことが分かった。さらに、先見力のないレビュアがよくレビューする本には、東大卒など高学歴の著者による本が多いことも見出された。この結果は、権威を指標に情報を判断する人ほど、プロパガンダに引っ掛かりやすいことを示唆するものである。

3.自分の卑しい心と向き合い、それを乗り越えよ

カール・ブッセの『山のあなた』やモーリス・メーテルリンクの『青い鳥』を引くまでもなく、人間は隣の芝生が青く見える生き物である。そのため、現状に対する不平不満を煽る情報に乗せられ、社会がより悪化する選択肢に魅せられてしまう。これが左翼に付け入る隙を与える。

不平不満を煽るマスコミが悪いのであって、煽られる人の罪ではないと思うかもしれない。しかし、そうとは言い切れないことを示唆する研究結果がある。私も協力した筑波大学岡田幸彦准教授の研究グループによる2018年の研究では、オンラインニュースサイトdot.の2015年11月からの6ヶ月間の記事のうち、平均閲覧時間が18秒以下のものを閲覧時間が短い記事、40秒以上のものを長い記事と定義し、閲覧時間が長い記事と短い記事の特徴が調べられた。その結果、閲覧時間が長いのは、「争う」「陥る」「壊す」「疲れる」「づらい」「困る」「怒る」といった言葉が含まれる暗いニュースや不平不満に関する記事で、「明るい」「親しむ」「輝く」「優しい」「元気」「うれしい」といった言葉が含まれる明るいニュースは閲覧時間が短いことが分かった。

最近のテレビ番組は、暗いニュースを張り切って伝えたり、人を繰り返し批判したりと、見ていて気分の悪くなるものが多いが、上述の研究から、実は多くの視聴者がそうした番組を望んでいる可能性が示唆される。テレビ局がビジネスに徹して、人々が求めているものを提供しようとすると、現状の放送内容に行き着いてしまうというわけだ。

われわれの中には、自分が原因の問題を他人のせいにしたり、他人の不幸を喜んだりする卑しい心が大なり小なり住んでいる。それを克服することが、プロパガンダに乗せられない強い人間になるために最も重要なことなのかもしれない。


執筆者:掛谷英紀

 筑波大学システム情報系准教授。1993年東京大学理学部生物化学科卒業。1998年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。特定非営利活動法人言論責任保証協会代表理事。著書に『学問とは何か』(大学教育出版)、『学者のウソ』(ソフトバンク新書)、『「先見力」の授業』(かんき出版)など。

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