大紀元時報
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紀元曙光
2020.06.03
【紀元曙光】2020年6月3日

前日の小欄に続き、脱党(中国語は退党)について書く。

2020.06.02
【紀元曙光】2020年6月2日

香港の一国二制度について「崩壊した」とする記事が、各メディアに多くみられる。

2020.06.01
【紀元曙光】2020年6月1日

1918年6月1日。日本で初めて、ベートーベンの「第九」が全曲演奏された。

2020.05.31
【紀元曙光】2020年5月31日

「ウイルスとの共存」という言葉が、少々気になる。

2020.05.30
【紀元曙光】2020年5月30日

「帝国主義」という歴史用語がある。

2020.05.29
【紀元曙光】2020年5月29日

全国人民代表大会(全人代)が28日、「国家安全法」を香港に対しても適用できることを採択した。

2020.05.28
【紀元曙光】2020年5月28日

40年前の事件により、都心にある「新宿西口」という地名には、凄惨な記憶が久しく焼き付いていた。

2020.05.26
【紀元曙光】2020年5月27日

海外では「日本モデルは成功した」と評価されているらしい。ひとまず、そうしておこう。

2020.05.26
【紀元曙光】2020年5月26日

心がすさむネット動画を見たので、まずは「寅さん」で気分を直す。

2020.05.25
【紀元曙光】2020年5月25日

映画『慕情』(1955)。オールドファンに説明は不要であろう。

2020.05.24
【紀元曙光】2020年5月24日

「どこの国の公共放送か?」と思ってしまった。

2020.05.23
【紀元曙光】2020年5月23日

2日ほど前のこと。拙宅に厚生労働省から「布マスク2枚」が届いた。

2020.05.22
【紀元曙光】2020年5月22日

宇宙の神にも、いろいろあるらしい。

2020.05.21
【紀元曙光】2020年5月21日

野口英世(1876~1928)。福島の猪苗代の生まれ。1歳のとき囲炉裏に落ちて、左手に大火傷を負う。

2020.05.20
【紀元曙光】2020年5月20日

都会にいる子どもが、自然の生物に触れる機会は、どれほどあるのだろう。

2020.05.19
【紀元曙光】2020年5月19日

ウィリアム・グラッドストン(1809~1898)。英国の政治家で、ヴィクトリア朝の後半期に首相を4度務めた。

2020.05.18
【紀元曙光】2020年5月18日

昔みたNHKドラマ『ハルとナツ 届かなかった手紙』が、筆者の印象に残っている。

2020.05.17
【紀元曙光】2020年5月17日

人類は、人口の何分の一かを激減させる病禍の歴史を、何度か経験している。

2020.05.16
【紀元曙光】2020年5月16日

さわやかな初夏。目に映る自然は、例年と変わらず美しい。

2020.05.15
【紀元曙光】2020年5月15日

手探りながらも、日本の「新しい日常」が動き出した。

2020.05.13
【紀元曙光】2020年5月14日

初っ切り(しょっきり)という相撲用語は、もちろん聞いてはいたが、語源については調べて初めて知った。

2020.05.12
【紀元曙光】2020年5月13日

1992年5月13日、中国吉林省の長春市で第1回「法輪大法講習会」が開催された。

2020.05.12
【紀元曙光】2020年5月12日

2008年5月12日。現地時間の午後2時28分、四川大地震が起きた。

2020.05.11
【紀元曙光】2020年5月11日

李真実(リ ジェンシー)さん。中国出身だが、現在は日本国籍をもつ。

2020.05.10
【紀元曙光】2020年5月10日

今日は大相撲夏場所の初日、のはずだった。

2020.05.09
【紀元曙光】2020年5月9日

明智光秀が主君である織田信長に反旗を翻すにあたり、自軍の諸将の前でこう叫ぶ。「敵は本能寺にあり!」。

2020.05.08
【紀元曙光】2020年5月8日

八田與一(はったよいち)は政治家でも学者でもない。見事なほどの技師であり、徹底して現場の人であった。

2020.05.07
【紀元曙光】2020年5月7日

1971年1月。喜劇王チャールズ・チャップリンが晩年住んでいたスイスの邸宅に、当時30歳の萩本欽一さんがアポなしで訪問。幸い、尊敬する名優に面会することができた。...

2020.05.06
【紀元曙光】2020年5月6日

昨日、5月5日は端午の節句。今の日本は「こどもの日」で、男女を問わず子どもの健やかな成長を祈念する。

2020.05.05
【紀元曙光】2020年5月5日

「新しい日常」と言われるまでもなく、すでに1か月を過ごしてきた。忍耐の日常が当分続くことは、覚悟しなければならないようだ。

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