「飲用水の不平等が現した貧富格差」 中国人学者が水汚染の現状を分析

2013年03月06日 15時50分
【大紀元日本3月6日】混迷を深める現代中国の動向を語る上で欠かすことのできないキーパーソン、ニューヨーク在住の中国人経済学者でジャーナリストの何清漣氏がこのほど、中国の水汚染の現状等を分析する文章を発表した。以下はその抄訳である。

 私は偶然にも2つのニュースを目にした。ひとつは、米国アラスカ州がタンカー使って中国に浄水を輸出するとの情報。もうひとつは、ニュージーランドも中国に浄水を輸出しようとしているのだが、国民が「水資源は益々貴重になる」として反対していること。

 この2つのニュースから読み取れる情報は非常に多い。「中国の飲用水の水源はすでに非常に不足しており、外国からの輸入に頼ろうしている、しかもその需要は増える一方だ。まさに『全世界で炭鉱を探る』から『全世界から水を求める』に変わった。その必然的結果は全世界での水の価格上昇だ」

 中国の水汚染は、飲用水市場には大きなビジネスチャンス

 中国の水危機問題はこれまで、各種の政府筋の報告書で言及されている。2000年に発表された「中国可持続発展水資源戦略研究総合報告」はその一例。同報告書は中国の水資源の厳しい状況を全面的に開示し、水資源への過度な開発が、自然環境の破壊を招き、水環境の悪化と水質汚染を招いたと、深刻さを示した。国家環境保護総局の環境公報も常にこれらの問題に触れている。当局の報告書では水汚染の状況が見え隠れしながらも、水危機が中国人に差し迫っているという現実が浮き彫りになっている。

 最近当局は、「全国97%の地下水が汚染され、約64%の都市地下水の汚染は非常に深刻だ」と発表したが、これは遅すぎた発表だ。中国では1990年代末頃には五段階に分類された水のうち、水質良好で消毒のみで飲用できる「一類水」がほぼ消えた。軽く汚染され、通常の浄化処理を施せば飲用できるという「二類水」も非常に足りなくなった。成す術がなく、当局は飲用水の基準を見直し、「三類水」をも飲用可能と定めた。ドイツ在住の中国人学者王維洛氏の「奇麗な水がなければ、安全な食品はあり得ない」の文章によれば、中国の「三類水」はドイツでは汚水として扱われている。

 漢方医学では古くから伝わってきた言葉がある、「清らかな水は最良の薬、汚い水は万病の源」。水汚染が進む中国では、飲用水市場が急成長を遂げている。1990年代からスタートしたこの産業。その規模は迅速に拡大し続けている。ある研究報告書のデータによると、中国での飲用水量は、1999年では3百万トン、2007年には1800万トン、2010年では3千万トンまでに達した。しかも、その値段は右肩上がりだ。

 ほかの商品同様、中国の浄水市場でも、水道水がミネラルウォーターとして売られ、ブランド銘柄の偽造品など、各種の偽物、粗悪品が氾濫している。しかしながら、水道水の水質があまりにも悪化しているため(当局の発表では50%不合格)、中国人は健康第一の考えのもとで、自分を安心させるには各種の浄水を買って飲んでいる。

 飲用水市場にも階級格差

 しかし、すべての国民が浄水を購入する経済力を備えているわけではない。浄水の市場発展を予測する研究報告書によれば、その消費者数は全人口の30~40%弱である。すなわち、中国では8~9億の人は浄水を飲めない、命を天に任せるしかないのだ。

 中国各地にある4百箇所以上の「がん村」(がんの発病率が異常に高い村のこと)。その村民たちはまさに水汚染の犠牲者である。ある地方当局がこのような「名言」を公言していた、「病気で死ぬのは、貧困で死ぬよりマシだ」。実を言うと彼らの本音は、「一部の人を病死させても、政府は絶対に貧しくなってはならない」

 長江の南側は古くから水源が豊富だった。ここの水資源が深刻なほどまでも汚染されたのは、改革開放による経済発展の失敗だ。

 私の故郷では「龍泉」という泉があった。水質が非常に良くて、酒や味噌の製造に使われ、だれでも自由に汲み取ることができた。しかし、この泉は1980年代初期に枯渇してしまった。澄みきって川の底が見える邵水河もいまや、ゴミが溢れる河道に変わり果てた。中国全土において、水源の消失と水汚染の状況はわが故郷とさほど変わらない。政府は従来から、「発展は環境保護より優先だ」という方針を貫いてきたためだ。そして、貧しさゆえに浄水を口にすることもできない農村部の人たちは、実に環境汚染の最大の被害者となった。このような飲用水の不平等が現した貧富格差は、まさに中国の政治制度の恥であり、中国のいつの時代もこのようなことはなかった。

 中国当局と一部の学者は常々、先進国の先例を取り上げ、「汚染は後で対応すればいい」と国民を愚弄してきた。その含みは、「中国の経済発展を成し遂げるには、環境汚染は避けられない。国民一同はしばらく我慢するしかない。国が豊かになってから汚染を治める」。この説は大きな過ちを犯している。先進国の工業発展のはじめの段階において、人類はまだ汚染の危害を十分に認識していなかった。これらの国は、この問題に気づいた時、即座に汚染防止の立法などに取り組み、汚染の拡大を防ぐことができた。今日の中国当局は発展当初から、自然環境の破壊による悪影響をしっかりと理解していた。なのに、国民の健康を犠牲してまで、汚染をもたらす企業を見過ごし、そのGDPと税収への「貢献」にばかり目を捉われた。国民の生命への蔑視であり、中華民族に対する犯罪だ。

 ※何清漣:ニューヨーク在住の経済学者・ジャーナリスト。女性。中国湖南省生まれ。中国では大学教師や、深圳市共産党委員会の幹部、メディア記者などを務めていた。中国当局の問題点を鋭く指摘する言論を貫き、知識人層から圧倒的な支持を得たが、常に諜報機関による常時の監視、尾行、家宅侵入などを受けていた。2001年渡米。1998年出版した著書『現代化的陥穽』は、政治経済学の視点から中国社会の構造的病弊と腐敗の根源を探る一冊である。邦題は『中国現代化の落とし穴』

(翻訳編集・叶子)


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