寛容で謙虚な心【世界むかしばなし】(7)

中国の明の時代、江蘇省の江陰に張畏岩(チョウ・ワイガン)という男がいました。地元では文章の達人として知られていました。

ある年、張畏岩は役人になるための科挙という試験に落ちました。男は試験の結果が貼りだされた掲示板の前で、自分に低い点数をつけた試験官をののしりました。自分こそ本当の学識を備えているという自信があったのです。

そこに道士が通りかかり、張畏岩にほほえみかけながら言いました。「あなたのお書きになるものは、きっとひどいものでしょうなぁ」

張畏岩は腹が立って言い返しました。「ばかにするな! おれの書いたものを見たこともないくせに、きさまに何がわかるか」

すると道士は答えました。「よい文章を書く秘訣は、心を静めて穏やかでいることじゃ。でもお前さんはさっき人をののしっていたな。そんなに怒っていて、よい文章が書けるのかな」

道士のことばは道理にかなっており、張畏岩は心から道士に教えを請いました。

道士は「よい文章は必要だ。しかし、落第する運命ならどうしようもない。運命を変えるには心構えを変えるのじゃ」と話しました。

「どうやったら自分の心構えを変えられるのですか?」張畏岩はたずねました。

道士は「天の言葉にしたがって善い行いをすることじゃ」と答えました。

張畏岩はため息をついて言いました。「私はただの貧しい学者です。善いことをするお金など、どこにあるというのでしょう」

道士は「だれに対しても慈悲の心をもち、徳を修めるのじゃ。一番大事なのは心だぞ。善良謙虚でいることを忘れず、いつでも進んで人を助けなさい。悪い心などあってはならんぞ。正しい行いを心がけなさい。謙虚になるのに金はいらない。誰にでもできることじゃ。人をののしらず、まず自分をふりかえってごらん」と諭しました。

張畏岩は目からうろこが落ちるようでした。そして謙虚な心で道士に感謝しました。

これ以来、張畏岩は自分に厳しく人には寛容になり、徳を高めていきました。地元に学校をつくり、どんなにささいなことでも善い行いをし、悪いことはしないようにと人々に教えました。また、お互いに寛容になろうと呼びかけ、その献身的な行いは人々に称賛されるようになりました。

3年ほどたって、張畏岩はある夢を見ました。夢の中で大きな家に入ると一冊の本があり、中にはたくさんの名前が書かれています。空白になっているところもたくさんあります。近くにいた人にたずねると、次のように教えてくれました。

「この秋に受け入れられる人たちの名前です。悪いことをしなければ名前は残ります。悪いことをすれば名前は消され空白になります。この3年の間、あなたは人に対する慈悲の心を忘れなかったので名前が加えられました。これからも徳を高めていってください。自分の心を修めることを忘れないように」

その年、ついに張畏岩は科挙の試験に合格し、その後も無私の心で人々に尽くしつづけました。

善良な人は天に守られます。慈悲の心をもつ人が報われるのは当然です。どこにいても、どんな仕事をしていても、どんな環境にあっても、善い人になれます。純粋な心から善いことを行い、いつでも寛容で謙虚な心構えでいたら、徳は自然と高まり、未来も明るくなることでしょう。