ファンタジー:個人タクシー「金遁雲」の冒険独白(10-2)

【大紀元日本10月7日】劉は、讃美歌を信者と歌い終えると、少し神経質そうにツカツカとピアノを伴奏している女性信者のところに歩み寄り何やら煩そうな指示を出している。

劉は私のところに戻って来るなり、「・・・すみません・・・いつも同じ楽節で半音ばかり狂うので・・注意しておきました・・」と言うので、「・・・それは・・ホン・シューチェン・・の一節ではないですかな・・いくら科挙の試験に落ちたとして人生に失望したとしても、自らを天王と自称するのはどうでしょうか・・大衆扇動も気になるところですし・・」とうっかり本音を漏らすと、教会内の雰囲気が一挙に緊張した。 

気がつくと、神父の劉と信者らが殺気を孕んだ視線を一斉にこちらに投げ掛けている。さすがにかつて清朝軍をさんざんに苦しめた太平天国軍の末裔たちだけあって、押し寄せる迫力には物言わないものがある。

脇の下にいやな汗を感じた私は、「・・・いや・・これは失礼致しました・・別に皆さんの信仰を誹謗する気は毛頭ありませんので・・・気を悪くしたのでしたら平に謝りますので・・」と発言すると、教会内の空気は一瞬にして和んだ。どうも単純で憎めない人たちの集団のようだ・・・

劉は、気を取り直すと、聖書の一節を読み上げてから、「・・・では上帝に祈りを捧げましょう・・」と言って、皆と静かに祈りの時間を持った。大都会のアングラ教団の中に流れる夕暮れ時の静寂・・外ではときおり車のクラクションがかすかに聞こえるだけだ・・

劉は、祈り終えると、さもさっぱりとした風呂上がりのような表情を見せ、ミサの閉会と散会を告げると、「・・これから離れで、夕の慈しみ会があります・・よろしかったらどうぞ・・」と誘ってくれた。

教会を一歩出ると、向かいの離れのプレハブ小屋には既に灯りが付き、数人のボランティアらしき女性たちが何やら忙しそうに夕食の準備をしているようだ。入り口からは、何やら懐かしい故郷の匂いがしてくる。中華料理の匂いだ。 

中に入ると、既に大きな卓の上には、野菜と炒めた米粉が山と積まれ、これまた大皿に富士山のように積まれた水餃子、大鍋に酸辣(スァンラ―)湯なども見える。既に、孤児らしい子供たちが数人、浅黒い顔に無邪気な笑顔を浮かべ「待機」している。

劉は、子供たちの笑顔を一周見回すと、ボランティアの女性らを呼び寄せ、手をつないで連環の隊形をとると食前の祈りを捧げた。「・・・謝謝!・・」祈りが終わると、子供たちは脱兎の如く、「神の慈しみ」に殺到した。

劉は、そんな光景を聖職者らしい度量で見つめている。「・・さぁ・・あなたもよろしかったらどうぞ・・庶民的な料理しかありませんが・・」と勧めるので、ボランティアの女性から紙皿と割り箸をもらって一口いただくことにした。

何か打ち解けたかのような雰囲気を感じ取ったので、「・・大変に美味ですが・・どうも大陸の味とは少し違うようです・・私は帰国者で、張 帰山というものですが、神父さんはどちらのご出身ですか・・」と聞いてみた。

劉は、一瞬じっと考え込んでから、「・・・私の祖先は、広東広州出身ですが、ちょうど辛亥革命の前後に台湾に渡りました・・」、劉の眼がキラリ光った。無邪気に夕食を頬張っている欠食児童らを尻目に、女性信者たちが、忙しく動かしていた手を止めて、一斉にこちらを見ている。

(続く)