英国バイリンガル子育て奮闘記(66)中国人のお友達 (1998年 秋以降)

【大紀元日本12月20日】秋から5年生になった。娘は幼稚園から高校まで一カ所にある小さな小さな私立に転校した。 寄宿舎があり、香港から中国人が送り込まれていた。

香港から来たエレナちゃん(仮名)がクラスに入った。 寄宿生活をするには最年少の10歳だった。通常は英語が母国語でない生徒は、一学年落とすところを、算数がよくできたため、自分の年齢と同じ5年生のクラスに入ってもらうことにしたと校長先生が話していた。

確かに地元の英国人と比べて、中国人はテンポが速い。算数の計算もその延長で、まだ他の子が一問めを解くか解かないうちに、すでに終わっていたりする。「すごい子が入ってきたんだよ」と娘も感心していた。

娘は中学までだったが、エレナちゃんは高校まで同じ学校にいた。エレナちゃんが高校を出て,香港に戻る時は、娘とは大の親友になっていた。

中学卒業のころ、進路決定のため、自分の得意、不得意を見つめさせられる時期に、娘は「エレナはかわいそう」と言っていた。10歳で香港を出たので、漢字がよく書けず、英語の方も、広東語の仲間とばかりいたので、ネイティブレベルには達していない。後から入ってきた子の方が、しっかりした中国語を基盤に、英語力を伸ばしているという。 小学生のうちに親の希望で英語圏に送り込んでも、最良の結果が生み出されるとは限らない。

高校のセクションでは、北京から留学している生徒にも出逢った。当時は、中国人の生徒のほとんどは香港から送り込まれており、広東語が話せる者同士で固まっていたが、北京から来た生徒は一人だった。広東語が話せないため、英国人に混ざって生活するしかなく、うまく英語を伸ばしていったようだ。

(続く)

著者プロフィール:

1983年より在英。1986年に英国コーンウォール州に移り住む。1989年に一子をもうけ、日本人社会がほとんど存在しない地域で日英バイリンガルとして育てることを試みる。