大紀元時報

ペニシリンにまつわる感動の物語

2019年06月14日 15時15分
写真左: アレクサンダー・フレミング(1881−1955)はイギリスの細菌学者であり、ペニシリンの発見者として知られている。 写真右: ウィンストン・チャーチル(1874−1965)はイギリスの政治家、作家。(ウィキペディア)
写真左: アレクサンダー・フレミング(1881−1955)はイギリスの細菌学者であり、ペニシリンの発見者として知られている。 写真右: ウィンストン・チャーチル(1874−1965)はイギリスの政治家、作家。(ウィキペディア)

アレクサンダー・フレミングはアオカビからペニシリンを発見し、多くの人命を救った。ペニシリンにまつわる伝説の中でもっとも信ぴょう性が高いとされたものに、フレミングとチャーチルの感動する物語がある。これは1945年のノーベル賞受賞後、フレデリック・ヴィンソン財務長官のスピーチが発端と言われている。

百年余り前のある日の午後、イギリスの田舎町で一人の貧しい農民が働いていた。突然、遠くから助けを求める声が聞こえた。一人の少年が不幸にも川に落ちてしまったのだ。

農民は何も考えず、川に飛び込み子供を助けた。後でわかったのだが、この助けられた子は貴族の御曹司だったのだ。数日後、男の子の父親が謝礼を手にやってきたが、農民はそれを丁重に断った。

しかし物語はここで終わらない。

貴族は農民の善良さに敬服し、彼の恩義を忘れまいと農民の子をロンドンに住まわせ高等教育を受けさせた。農民はこれを受け入れた。自分の子によい教育を受けさせることは彼の長年の夢だったからだ。

農民は嬉しかった。自分の子が外の世界に行くことができ、自分の運命を変えるチャンスを得たからだ。貴族も嬉しかった。それは自分の恩人の夢をかなえることができたからだ。

その後、農民の子は優秀な成績でロンドン聖マリア学院から卒業した。イギリス王室より勲章と爵位を授けられ、1945年にはノーベル医学賞を受賞した。

彼こそはアレクサンダー・フレミングで、ペニシリンの発明者である。

あの御曹司も成人した。第二次世界大戦中彼はひどい肺炎にかかったが、幸運にもペニシリンのお陰ですぐ回復した。

この御曹司こそイギリス首相チャーチルである。

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