亡きポールウォーカーの愛娘 美貌の慈善活動家に成長

「ワイルドスピード」で知られる俳優のポール・ウォーカーが自動車事故で亡くなったのは、のメドウが13歳のときでした。それから6年が経ち、メドウは輝くような美貌の女性に成長しました。

幼少時に親を亡くすのは、子どもにとって耐えがたいことですが、幼いころから父のそばで育った一人っ子のメドウは、若くして自立心に富み、自身の志を貫きながら才能を開花させています。メドウは幼いころ母親と一緒にハワイで暮らしていましたが、2011年に父の住むカリフォルニアに移住し、良好な父娘関係を築きました。

インスタグラムではメドウの美貌がセンセーションを巻き起こし、ファッション界でモデルとして急成長しています。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

Donating a bunch of food to a local homeless shelter today!! I love seeing all of your random acts of kindness and can’t wait to see more#PWFdogoodchallenge

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2015年には、ポールが最も情熱を注いでいた海洋生物のための「ポールウォーカー財団」を立ち上げ、その後、ナショナルジオグラフィックチャンネルのテレビシリーズで主役を務めたりして活躍の場を広げました。

その他にも、メドウは人道支援団体、「リーチアウトワールドワイド」の活動も行っていました。偶然にも、ポールが事故にあったのは、このリーチアウトワールドワイドのチャリティーイベントからの帰路でした。ポールはこの団体の慈善活動にとても熱心で、2010年のハイチ地震のときも現地に足を運んで被災した人々の手助けをしていました。

ポールウォーカー財団のマニフェストには、「ポールの精神の灯を未来永劫照らし続ける」と謳われています。メドウも自身のインスタグラムで、「海洋保護、動物愛護、人道支援、親善などに向けられていた父の情熱を自分が体現している」と伝えています。同財団は、海洋保護に尽力する専門家に対する資金提供や奨学金の供与も行っています。

ポールの愛娘が望んでいたのは、父親の意思を世界中の人々と分かち合うことでした。ポールの自伝的ドキュメンタリー番組の中で、ポールの弟コディは、「ポールとメドウは固い絆で結ばれていて、ポールはメドウの父であることを本当に誇りに感じていたよ。」と語っています。

メドウが名を知られるようになったのは、そのたぐいまれな美貌だけでなく、亡き父親への忠誠心と強い心があったからです。彼女の胸には、ポールウォーカーの名前が刻まれたバッジが誇らしげに輝いています。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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私たちをつなぎとめる絆は、引き裂く力より強いのです。この記事をご家族やお友達と共有してポールウォーカーへの変わらぬ思いを伝えてくださいね!

(大紀元日本ウェブ編集部)