【紀元曙光】2020年6月26日

夏の味覚にも多々あるが、いいトウモロコシが安価で店先に並ぶと、やはり嬉しい。
▼不思議な名前の食べ物である。(とう)の後ろに唐土(もろこし)がつく。国名が二つ重なっているようにも見えるが、そうではないらしい。唐というのは、7世紀から10世紀の華やかりし中国王朝の名称だが、後に意味が広がって、外国から日本に来た舶来品もさすようになった。古い日本語では、中国産でなくても、外国製品を唐物(からもの)と呼んだ。
▼南北アメリカにあったトウモロコシをコロンブスがスペインへ持ち帰り、欧州各地に広まる。16世紀の終わり頃、トウモロコシを最初に日本に伝えたのは、中国人ではなく、ポルトガル人だった。日本より早く、中国でこの作物は普及していたようで、唐王朝はすでに過去の幻になっていたが、日本人はトウをつけて呼んだのだろう。
▼日本には『万葉集』以前から黍(きび)という穀物があって、食用にしてきた。それに似ている外国原産のものなので「トウキビ」ともいった。東京では、ずいぶん昔にお年寄りがトウキビと呼んでいた記憶がある。北海道では、今もそう言うらしい。
▼意図的に脱線する。幕末の伊豆下田に、「唐人お吉」という薄幸の女性がいた。実在の人物だが、伝えられる話はフィクションであろう。19歳の「お吉」とされる写真が残っている。とてつもない美人だが、本人である確証はない。
▼そのフィクションのなかでの相手役が、52歳で米国駐日領事のタウンゼント・ハリス。アメリカ人でも「唐人」というのだから、日本語は、無茶なほど幅が広い。(次稿に続く)