暦とともに振り返る食文化 八宝粥(2)

「臘八粥」を旧暦12月8日に食べる理由

中国では古来、太陰暦の「臘八節」ごろ「八宝粥」を食べる習わしがあり、「八宝粥」を食べると体が温まり、健康を維持できるとされてきました。

清王朝の李福氏は、『臘八粥』の詩の中で「朔望月12月8日のお粥は、梵天王国から受け継がれ、7つの宝物と5つの味の美しさが混ざり合っている」と記しており、釈迦牟尼の修煉の話を記述しています。

2000年以上前、古代インドのカピラヴァストゥ王国の王子であるゴータマ・シッダールタは、富と王位継承を放棄し、僧侶になりました。最初の6年間、彼は禁欲のために森で修煉しました。

毎日、麻と小麦を1つずつしか食べず、極限状態になるまで飢えましたが、その時、彼はまだ生、老、病、死を超越する方法を見つけることができませんでした。

ある日、羊飼いの女がシッダールタ王子の禁欲の精神と忍耐力を賞賛し、米と山羊の乳を混ぜて煮たお粥を作り、王子に食べさせました。王子はこのお粥を食べた後、体力が回復し、修煉方法を変えて修煉を続けました。その後、釈迦牟尼は旧暦の12月8日に、菩提樹の下で悟りを開きました。

仏教が中国に伝わった後、中国の仏教徒は臘八節(12月8日)に八宝粥を調理し、仏陀の成仏を祝いました。宋の王朝では、主要な仏教寺院で弟子や信者に八宝粥が振る舞われました。

陰暦臘月八日(12月8日)

人々は、12月8日になるとお粥を作って食べます。陸游の『十二月八日西村を歩く』には「今日は仏教の粥がより互恵的で、川辺の村の新しさが感じられる」と記されています。また宋湘の詩では「各家庭が八宝粥を作り、天と仏の恵みを浴びている」と記されており、この日の概念と風習を伝えています。

旧暦12月8日に八宝粥を食べることは何千年もの伝統があり、仏陀を尊敬し、家族を大切にする気持ちを表しています。この誠実で温かい気持ちの中で、八宝粥はより人々の心と体を慰め、温めるのです。

(翻訳・星野一)