消えた憎しみ【ものがたり】

瓊(ケイ)は良(リョウ)を憎んでいました。5歳の息子にも「あの人のことを決して忘れてはだめよ。あの人は私たちのなの」と教えました。良のせいで瓊は夫を失い、5歳の息子は父親を失ったのです。

実は、良には罪がありません。彼は正当防衛で瓊の夫を殺してしまったのです。

良は無罪の判決を受けて以来、まるで別人のように変わりました。酒もタバコもやめ、敬虔で誠実なキリスト教徒となったのです。良は瓊のところにやってきて、自分を許して欲しい、子供の教育費も出させて欲しいと言いました。

瓊は良を見ると狂ったように、彼をたたき、殺人犯と罵り、きっと報いを受けるに違いない、自分も息子もあなたを死ぬまで憎み続けると叫びました。良はただ黙っているしかありませんでした。

瓊はただひたすら、息子の学費や自分たちの三食のために必死に働きました。これが彼女の生活のすべてでした。

瓊の息子は学校で援助対象生徒となり、毎月100元の援助金を受けとりました。この金額は彼女にとって結構な額でした。送金してくれる人の住所からその人は町の人であることが分りました。

10回目にお金を受け取ったとき、ぜひこの送金者に会って感謝したいと彼女は思いました。しかし、この人がいったい誰なのか分かりません。町へ調べに行きましたが、住所も名前も本物ではありませんでした。

お金は毎月期日通りに届き、それは5年も続きました。全部で6千元。子供も中学校を終え、高校に上がりました。

この事が当地のメディアに注目されました。自分の名前を隠して1人の学生を5年間も援助するというのは、格好の新聞記事になります。

新聞記者がやっとのことでこの援助者を探し出したところ、なんと顔のやつれた野菜売りの農婦でした。

記者が農婦に、どうして生徒を援助しているのかと尋ねても、農婦は答えてくれません。記者が何度も何度も説得した末、彼女はやっと訳を話してくれました。

「私は援助者ではありません。夫の罪を償うためなんです。夫は正当防衛でその子の父親を殺してしまいました。そのため、夫はずっと憂鬱で、しばらくして病死しました。死ぬ間際に、自分の代わりに罪を償って欲しいと私に遺言を残したんです」

記者が、「あなたはどうやって毎月100元も出せるのですか」と彼女に聞くと、農婦は「農作業を覚えたので、収穫した野菜を町で売って、月に200元稼げます」と答え、「あの子を大学まで援助したいので、彼らには絶対知らせないでください」と記者に頼みました。

瓊は、援助金の出所が当時の『仇』だと知りました。しかもそれは、自分と同じように不幸な女が野菜を売って稼いでいたのです。瓊は彼女に会おうと思いました。

瓊は息子を連れて悲しい思い出の村にやってきました。農婦は彼らが来たのを見て、「がくん」とひざまずきました。瓊と息子はすぐ彼女の前に駆けより、彼女を起こそうとしました。農婦は「夫に代わってお詫びします」と言いました。

瓊は涙を流しました。『仇』のボロボロの家と、野菜を売って息子の学費を援助してくれていたこの痩せた女を見て、ひざまずきました。瓊は農婦のざらざらの手を取ると、涙がさらに湧き出てきました。

瓊の憎しみはとっくに消えていました。瓊は農婦の手を取り、「どうやってあなたに恩返ししたらいいでしょうか」と言いながら、息子にも農婦の前にひざまずかせました。瓊の息子は、「これからは僕がお金を稼いで、お母さんとおばさんを養います」と言いました。二人の女はそれを聞いて、抱きあって泣きあいました。