難病を乗り越えて

「母との和解、そして心の平安」ある生物学者の修練体験

2016年09月26日 07時00分

 米月刊誌『The Atlantic』 ネット版に「Choosing My Religion」というコラムがある。改宗にまつわる体験談や考え方を読者同士がシェアするこのコラムに、ある生物学者からの体験談が寄せられた。彼は自身の難病を通じて法輪功に巡り合い、精神的な救済を得ることができたという経験を語っている。以下はその抄訳。

 私はカトリック教徒として育ちました。ですがそれ自体に大した意味はありません。私は教会で数々の偽善を見てきましたから、10代のころは生意気にも不可知論者(たとえ神が存在したとしても、その存在や性質を認識することはできないという考え)を公言していました。そして、宗教とは、支配者が大衆を征服するための手段にすぎないと思い始めていました。

 世界を知るためには、科学だけで十分だと思っていたのです。一時、道家の太極拳をかじったこともありましたが、それは単にリラックスすることだけが目的でした。

 私は生物学者となり、生態や進化、保護の分野の研究をするようになりました。夢は教授になることで、全て順風満帆でした。潤沢な研究資金も得ることができ、学術分野で良好な提携関係も築き上げ、理想的なフィールドワークの場所も見つけました。私が本当に興味を持っているのは、非ダーウィン進化仮説です。博士課程の研究のため、私はマダガスカルでフィールドワークを行い、異なるキツネザル間の優性交配について研究を重ねていました。

 しかし帰国後、私は体力の減衰と気分の落ち込みを感じるようになり、しばらくすると細かい作業をする身体能力が徐々に衰えていきました。過労がたたったのだろうと思いましたが、睡眠を取っても回復せず、ある日道路を渡ろうとしたときに、両足の力が入らなくなって、道路に倒れそうになってしまったのです。

 大学病院で診察を受けたところ、ギランバレー症候群と診断されました。これは免疫システムが自身の末梢神経システムを攻撃するという非常にまれな神経疾患で、治療法は確立されていません。さらに寄生虫感染と、伝染性単核球症も見つかりました。つまり、私の身体はボロボロだったということです。

 それからの半年間は、苦悩と絶望の連続でした。身体の自由がだんだんときかなくなってゆくなか、学術提携の話は消え、講義もままならず、恋愛関係も暗礁に乗り上げ、私は自分の将来が粉々に打ち砕かれていくのを黙って見ているしかありませんでした。さまざまな代替医療も試してみましたが、どれも効果はありませんでした。

 ある日のこと、学園都市の喫茶店で、古い知り合いに出くわしました。彼は東洋の精神修行の教えをくまなく探求してきた人物で、「このおかげで長年患っていた慢性疲労症候群から回復することができたんだ」と言いながら、私に1枚のDVDをくれました。

 このDVDを初めて見た時のことは、一生忘れられないでしょう。これは法輪功、もしくは法輪大法と呼ばれる功法を紹介するもので、佛法原理に基づく中国式ヨガとも言えるものでした。

 私はゆっくりとした功法の動作を真似てみました。30分後、病気を発症してから初めて、身体が回復するような感じを覚えました。この感覚を説明することは難しいのですが、私の心と体、そして思考が、歌を歌いだしたようだったと言えるでしょうか。

 それで私は、法輪大法の入門書を読むことにしました。当初、中国の気功に関する専門用語や民間に伝わる伝統について、すぐに理解することは難しかったのですが、この功法を学ぶようになって、自分が一日一日と良くなっているのを実感するようになりました。そしてある日のこと、私の深部反射が回復していることに気づいたのです(深部反射の喪失は、ギランバレー症候群の症状の一つ)。

 数カ月後、私は神経科の医師を尋ね検査を受けました。「おめでとうございます。完全に回復していますよ。あなたがなぜ回復したのか説明できませんが、これまでやってこられたことを、今後も続けてください」この言葉は、今も脳裏に深く刻み込まれています。

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