黒竜江沙蘭の水害は人災  軍警の現地駐在で情報閉鎖

2005年07月16日 19時31分
 【大紀元日本7月16日】 6月10日に中国黒竜江省沙蘭郷で洪水の発生により多数の小学生が死亡した事件(大紀元日本6月11日報道)で、事故の原因は自然発生した洪水ではなく、ダムの管理請負会社の担当者が勝手に水門を開けたためという、「人災」であることがその後の調査で明らかになった。当局は、民衆の怒りを抑え真相を隠すために、実弾を装備した軍警を現地に派遣した。

沙蘭郷に駐在する中国軍警(大紀元)

 事件が発生した直後、新華社は、黒竜江省水文局・董淑華局長のコメントを引用し、事故の原因は、黒竜江省で200年ぶりの大雨により発生した土石流の山津波であると発表した。中国の全てのメディアは新華社の報道を元にして、事故は予期せぬ天災であると伝えた。

しかし、現地関係者からの情報では、6月10日、現地は降り続く豪雨によってダムの水位が急上昇したため、ダムの管理請負人が、自分が養殖している魚が流されてしまわないよう、勝手に水門を開けた。その結果、洪水が発生し、小学校にいた多くの子供たちが犠牲となり、200世帯もの家屋が流され、7人の大人が死亡したという。

 死亡者数に関して、当局は、117名の小学生が死亡したと発表したが、現地住民によると、全校児童352人のうち、大半がこの事故に巻き込まれ、200人以上の犠牲者が出たという。

 情報筋によると、洪水に見舞われた小学校の校舎は、現地の農民たちも一部出資して作られたもので、当初は2階建ての計画であった。ところが、地方政府の汚職により建築資金が流用されたことから、結局山間の谷間に粗末な平屋校舎が建てられた。その結果、今回洪水が押し寄せて来たとき、子供たちは逃げ場がなかったということである。 

 事故発生直後、住民が警察と地方政府に緊急通報電話をかけたが、誰も出なかった。バイクで派出所に通報に行ったところ、警官は「人が死んでも私には関係ない。お前のバイクを押収する」などと暴言を吐いた。

 また、沙蘭郷所在の寧安市共産党の李新平・副書記兼市長は、事故後悲劇の現場を視察した際、「これくらいの人が死んでもたいしたことはない。津波の時よりずっとましじゃないか」と口にした。それを聞いた民衆たちは激怒し、李市長を激しく殴ったという。
関係者によると、事故後、武装警官千人と大量の私服警官が現地に派遣され、沙蘭郷を完全に包囲し、子供たちの遺体を安置する火葬場や病院、被災現場まで、軍隊による武装監視下に置かれた。当局、真実が外部に漏れるのを防ぐため、メディア規制を行い、取材記者は、許可なく写真を撮ることを禁じられた。
 
 6月16日、事故の様子を撮影しようとしたある記者が、その場で私服警官に逮捕されたのが目撃されている。また、被害者家族と村民らは「事故の事をマスコミにしゃべるな」と警告を受けた。村民の劉継発さんは、香港の記者の取材を受けた際、政府の指示通りの受け答えをしたことから、「お前は賢い。そうでなかったら、共産党にひどい目に遭わされるだろう」とほめられたという。

 当局は、犠牲になった児童の親たちに、被害者1人につき15万人民元(日本円200万円)の賠償金を支払うという条件を提示して、事故の沈静化を図ろうとしている。 また、一部の被害者家族は、遺体を火葬する同意書に拇印を押すよう強要されたという。 犠牲となった児童の両親の中には、精神に錯乱状態をきたした人もいる。中国では一人っ子政策によって、多くの女性が、第一子出産後避妊手術を受けさせられ、二人目が産めなくなっている。そのため、今回の事故で子供を失った親たちは、永遠に子孫を失ったことになる。
沙蘭郷に駐在する中国の軍警察(大紀元)


           
(黒竜江=張東籬)

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