ファンタジー:個人タクシー「金遁雲」の冒険独白(8-1)

【大紀元日本7月30日】私はその日、外苑前のくだんの行きつけの柳麺屋「珍来軒」で、昼食を摂っていた。ここ珍来軒は、店内は小汚いが味がいいので、同業者には人気がある。日本で人気があるのは、「冷やし柳麺」なるものだ。もっと量が少なく廉価だとよっぽどありがたいのだが、日本人の作るものはこういった料理もまた細緻で美味だ。

店内を見廻すと、夏の陽気が極まった昼下がりだけあって、客の皆が冷やし柳麺を啜り、冷やし水を口に運んでいる。しかし、数人は虫歯なのか、冷水を口に含むと沁みる様で顔をしかめている。しかし、どうして日本人はこうも虫歯が多いのだろうか?特に東京の広尾、青山といった都会の中心には、歯科の病院が雨後の筍のように乱立している。単に、日本人の特に女性が、チョコレートを好むといった単純な理由だけでないようだ。

「よっ!中国の・・これ知ってるかい?」くだんの日の出タクシーの同業者がまた店内で声を掛けてきた。「・・知っていますよ。アメリカの飲み物でしょ。でも発している気が暗いですよ・・・体に良くないのでは?」「いやぁ、そうなんだ。俺は、アメリカに憧れた年代でね・・・こいつが大好きなんだ」といって一気に飲み干した。「ア!イタタタ・・・虫歯にしみる!」と渋面をつくる。

「俺なんか、五十を過ぎたばかりなのに、もう奥歯は左も右もガタガタだよ!」と嘆く。

そこに「ガタガタ!ピシピタ・・ドッシーン!」と妙なエンジン音を発し、外に見たことのある中古車が止まった。吾味先生のところのニッセン年代中古車だ。中から、例によってグレーの詰襟に身を固めた小森君が、額から滝のような汗をしたたらせながら、初老の紳士を伴ってきた。あっ、まただ。また例によって、真摯な日本の老先生が、画期的な発明か何かして業界筋に睨まれているに違いない。

私は、小森君が店内に入ってくるなり、先手を打って「・・それで、この先生はどんな画期的な発明をなすったのですか?」と聞いてやった。すると小森君は目をパチクリして、「・・・さ、流石は張先生!こちらの、先生は、乾先生の旧来のお知り合いで、水田寅之助先生です・・流石だなぁ、やっぱりテレパシーがあるのかなぁ」などと脳天気に驚いている。「・・まあ、ムサクルシイ所で初対面も何ですが、力になれるようでしたら相談に乗りますよ」と相席を勧めた。外では、油蝉がけたたましく鳴いている。

水田先生は、ポツリポツリと憔悴しきった様子で事の経緯を話し始めた。「・・・実は、私は元は地質学者でして・・世界各地の湧き水、天然の飲料水を調査して参りました。そして、オーストラリアの天然飲料水を調べている内に、ある事に気が付いたのです・・そして、ついに日本人を虫歯から解放できる『虎水』を完成させるところまでに至りました・・ところが、厚生省に許認可をもらうための届け出をした頃から、雲行きがあやしくなってきたのです・・・もう疲れました・・」と嘆息する。

私は途端にこの先生に興味が湧き、「・・・ところで、水田先生。その虎水というものは、どういった代物なのですか?」と聞いてみた。「・・・成分構造は、実に単純です。きれいな天然水に、フッ素カルシウムを至当量だけ配合して溶かしただけのものです・・・コストは非常に安価で、しかも歯には抜群にいい。これを飲料水として毎日 飲めば、たとえ甘いケーキやチョコレートを食べても虫歯になど滅多に罹りません。連鎖的には、恐らく眼鏡からも解放されるでしょう・・しかし・・」といって深刻な表情になった。それで莫大な利権が絡んだ輩に睨まれているのだ・・・。

すると、まるで判で押したように、店の入り口にスーツ姿の黒社会の輩二人が、こちらを睨みつけツカツカと私たちの卓に近付いてきた。店の主人は慌てて、「・・あっと、そこのヤクザ屋さん!そこのサルみたいな人は、よした方がいいですよ!その人は、張さんと言ってね、なんでも気功の達人なんだ・・この前だって、店内は壊されるし、清掃は大変だったし・・」と諌める。無頼漢は、客の冷水を掴むとそれを店主の顔面にぶっ掛けた。「うるせぃ!」と凄むと、私の胸倉を掴みこう囁いた。「・・・中国のお猿さん。少し静かにしててくれないかな?・・そっちの爺さんにだけ、用があるんだ・・」。店内の客は、水を打ったように静かになった。