ファンタジー:個人タクシー「金遁雲」の冒険独白(9-1)

【大紀元日本8月13日】その日、私は猫の目女を助手席に乗せて、千駄ヶ谷方面を疾走していた。ふと見ると、何やら携帯のようなものを持って興じている。「へぇ~、君のような妖怪でも携帯を持っているんだ~」。しかし下世話な話だが、料金などはどうしているのだろうか?少し心配になったので、恐る恐る聞いてみる。「ところで・・・その携帯のようなもの、サーバーはどこなのかな?」。

すると猫の目女は、少し全身の毛を傍立たせながら「ふぅーNYAHOO!・・妖怪サーバー!」などと言っている。「・・・妖怪サーバー??・・じゃ端末に送るアンテナなんかはどうしているの?」と聞くと、そっと車窓の外を指差した。見ると、信号待ちした民家の塀の上で、一匹の黒猫がこちらを「じっ」と注視している。なんでも、野良猫など日本中の猫の目に映るものが、この妖怪サーバーにテレパシー情報として集められる仕組みらしい・・・

猫の目女の指示で、JR千駄ヶ谷駅の広場を抜け、都営バスの発着場を横目にしながら、鳩森神社方面へとハンドルを切る。猫の目女は、妖怪携帯で何やら連絡をとっている。「ふぅー・・それはニャントモ困った話だにゃ~何とかならないかにゃ~」・・すると神社を少し過ぎたあたりで、顔色の極端に悪い若い男と、その男に肩を貸す若い女のカップルがこちらに手を挙げるのが見えた。男は、全身に生気がまったく見られず死相すら漂っている・・・余命幾ばくもないようだ。

カップルは車内に乗り込むと、「信濃町のKO病院まで・・」と告げた。車内ミラー越しに男の天数を量ると・・すでに余命一ヶ月余というところまで来ている。女は若いが内縁の妻なのだろうか、既に山ほど苦労したと見え、ひっつめ髪で、安手の既製品を着て男を励ましている。男は、顔が真っ黒で既に呼吸が乱れ、非常に苦しそうだ・・・「大丈夫・・私がついているから・・最後の気力を振り絞って・・あなた、私が勝利の女神だっていったじゃない・・」、数分もすると車内は悲しげな気で一杯になり、精神的な湿度で息苦しくなってきた。

すると猫の目女が「あっ!・・これは時間短縮スイッチだにゃ~」と言うなり、さっさと押してしまった。「あ・・あ・・それだけは駄目だ!」と制したのだが、後の祭りだ。みるみる車内の時間は短縮され・・猫の目女が「こっちの張さんは、神通力があるから、なんでも相談するといいにゃ~」と薄妖怪笑いを浮かべて無責任なことを言っている。

そして・・しばらくして、後部座席の女は何かを決意したのか、堰を切ったように話始めた。「・・実は、私の内縁の夫は・・プロ棋士の卵なんです。今年でもう25歳になるんですが、まだ四段のプロにはなれなくて・・でも、もう少しなんです・・・まだ命があればモノダネなんですが、もう末期の胃がんで・・余命幾ばくもないんです・・お医者さんも肺に転移しているんで手術は不可能だって・・」と言って啜り泣いている。

私は、聞いている内にハンドルを握る手がジットリと汗ばんできた。「あ~駄目だ!駄目だ!幾らなんでも!人間の寿命を左右することだけは駄目だ!駄目!これは・・天界でも非常に高いところの寿老人の・・桃仙女が管理する神仙桃園まで行ってきて・・それでも滅多に成功した例など聞いたこともない・・あ~駄目だ!第一、中国神仙界の玉帝様に叱られて、このように島流しに遭っているというのに・・無理!無理!」と言って、日本に来て始めてのストライキに出た。

すると後部座席の男は、かすかに息を弾ませながら胃に手をやって・・「・・幸子・・見ず知らずの人に、そんな理不尽で無理な話を言って・・迷惑をかけたりしたら駄目だよ・・(肌を重ねた)おまえとは・・晴れてプロになった暁には、きっちりとした形で・・・ちゃんと責任を取って結婚したかったのだが・・でも、もう駄目なようだ・・僕の命の玉が詰みそうなんだ・・あと一手であの世行きなようだ・・」と言って瞑目した。

助手席の猫の目女は「悲しい話だにゃ~・・義を見てせざるは勇なきなり・・と中国にもあったにゃ~」などと言いながら、妖怪携帯と金遁雲号とを何やらコードで繋いでいる。「・・ふぅ~・・ここで妖怪充電すると、妖怪バッテリーはタダでいいにゃ~」。「・・・張さんは、私に命を助けられたのに・・やり方を知っているのに、敢えてやらないなんて・・にゃんとも勇気が足りないにゃ~」。などと脳天気な屁理屈を繰り返しながら、手を変え品を変えては、私に圧力を掛けて「転向」させようとしている。