【党文化の解体】第8章(4)

【大紀元日本9月4日】

1.誰に対しても警戒心を持ち、言葉に闘争意識を帯びる

2)闘争意識を持つ言語

2001年、中国本土の言語学者は若い世代の流行語を調査して、「気持が悪い」、「白痴」、「変態」など強烈な攻撃性を持つ言葉がなんと上位十位に入っていた。第二位はなんと「死ね」であった。

闘争の言葉は青少年の流行語だけに存在するのでなく、中国人の生活の隅々まで蔓延している。例えば、「機嫌が悪いので、かまわないでくれ」というTシャツのプリント、「手を出すべく時に、手を出せ」という歌詞、「ノーと言える中国」という書名、「馬鹿やろう」とリズムに乗って叫ぶ数万人のサッカーファン、諸所で聞かれる「あなたは病んでいるか」、「あなたは間違った薬でも飲んだか」、「あなたの脳みそは浸水したのか」の類の言葉。

このような経験は中国人なら誰でもあるだろう。何かを議論する時、物事を順調に運ばせるためにプラス思考の意見を出すのでなく、話題だけをめぐって穏やかに検討するのでなく、中国人はよく相手の短所を言い出して非難して、議論を不愉快な結末にさせる。攻撃的、とげとげしい言葉を使って、相手の気持を考えず、相手の観点が正しいかどうかも考慮せず、乱暴に一概に反対して、「これも間違い、あれも駄目」のような発言をして、自分の鬱憤を発散させる。このような闘争意識を帯びる言葉遣いは、現実の中でどこにも見える。

列を並んで切符を買う時に、列に割り込んできた人に「ちゃんと並んで下さい」と言ったら、相手は睨み付けて、「あなたに関係ないだろう? 頭がいかれたか」と反撃するかもしれない。歩く時に相手に不注意でぶつかって、謝ろうとする途端に、「あなた、目はないのか」との一言を投げられてくる。二人の対立を見て、周りは「けんかしないで」と止めるのでなく、かえって火に油をかけて、「やれやれ」とけんかを唆す。友達の間で冗談を言う時でも「殺してやる」という。

家長が子供を教育する時、言葉遣いはもっと乱暴になる。「学校から帰ったらまずは宿題をやれ。とっくに教えてやっただろう、今やらなかったら、明日、学校で先生にやられるぞ」、「×××を見てよ、あなたより頭が良い」、「泣いてばかりいても、誰もが助けてあげないぞ」、「俺の言うことを聞かなくて、試験が終わったら、今までの分を含めて総決算をするぞ」、「待てよ、おまえをしばるぞ」、「畜生、他人は仕方ないが、おまえまでやれないのか」。

本土の中国人が話す時、よく反問の言い方をして、その上口調も厳しいという現象を台湾人の友人が発見した。例えば、「どうしてこれさえ知らないの」、「あなた、自分で見ることができないのか」、「私が忙しくしているのを見ていないのか」、「誰が言ったのか」、「もうあなたに教えただろう」、「どうして前もって準備しなかったのか」、「こういうやり方はないだろう」。このような話し方に強い闘争意識と相手を責める意味合いがあって、相手を「愚か」、「頭が異常」と暗示して、しかも反問の聞き方はいっそう口調を強くさせた。

闘争意識を帯びる言葉は中国人の生活にこれほど普及され、ないし多くのテレビ番組は役者の互いの言葉の攻撃をメインの内容にしている。ここ数年来、小説、映画、ドラマに口達者はひっぱりだこになり、多くの作家は辛辣な言葉を操ることをレベルが高いように思う。ネットのチャットサイトもなおさら毒々しい言葉の天下となっている。農民、貧乏人、身体障害者、顔立ちの醜い人、教育レベルの低い人などが、番組に皮肉されて攻撃される対象となっている。

このような冷酷さを競う雰囲気の下、中国で一世を風靡した「超級女声」の試合審査委員らは若い女性選手に対して、このようなコメントを出している。「声がおかしい、おかしいという自覚が本当にないのか」、「あなたは基本の音楽素質さえ備えていない」、「あなたの歌い方は、民謡をでたらめにしている」、「あなたの歌い方は喋り方と同じように卑しい」、「ほかの仕事に専念したほうが良いかも。歌を職業にすると餓死するぞ」「次の選手を驚かせないでくれ」、「他の人が歌う時はたまにリズムが合わないが、あなたの場合、たまにしかリズムに合わない」、「お金をかけて声楽を学ぶのは、あなたにとってもったいないこと」、「あなた、若いけど、うるさいばばあのような態度ね」。このようなコメントは選手のプライドを傷つけて、最低限度の尊重すらないが、公然とテレビで数億の観衆に放送されている。観衆も慣れてしまい、良くないとも思わず、興味津々にこれを伝える人もいる。

年配の中国人は党文化に長期に漬かり、若い世代は幼いからこの環境で育てられたため、中国人は昔からこのように話している、このような話し方は特に問題がない、と皆が思っている。実は、中国の古人は温和で上品な礼儀を重んじて、「仁・義・礼・智・信」を基準にして、「温厚・素直・尊敬・倹約・謙遜」な態度を講じた。話をする態度は今日の中国人とぜんぜん違っていた。

西側諸国で、人々の言葉と行為は宗教、道徳、法律、職業倫理などに厳しく制約されて、口争いの言葉は法廷、選挙などに限られる。日常生活の中で、人々は謙虚で礼儀正しく話して、社会全体はとても調和のとれる状態にある。一方、国民全体の言葉遣いに強い闘争意識を持つ現象は、中国共産党の党文化の独特な産物といえる。

(続く)