【漢詩の楽しみ】 絶句二首

【大紀元日本4月29日】

遅日江山麗
春風花草香
泥融飛燕子
沙暖睡鴛鴦

江碧鳥逾白
山青花欲然
今春看又過
何日是帰年

遅日(ちじつ)江山(こうざん)麗わしく、春風(しゅんぷう)花草(かそう)香(かんば)し。泥融(と)けて燕子(えんし)飛び、沙(すな)暖かにして鴛鴦(えんおう)睡(ねむ)る。

江(こう)碧(みどり)にして鳥逾(いよいよ)白く、山青くして花然(も)えんと欲す。今春、看(みすみす)又過ぐ。何れの日か、是れ帰年ならん。

詩に云う。暮れるのが遅くなった春の日。川も山も麗しく、春風が草花の芳しい香りを運んでくる。泥がとけて、燕は巣作りのために飛び交い、川辺の温もった砂の上には、おしどりが眠っている。

深みのある緑色に澄んだ錦江(きんこう)。そのため、水面に遊ぶ水鳥の白さが、ますます映えている。山の木々は青々と茂り、花は燃えるばかりに鮮やかな色を放つ。そんな今年の春も、みるみるうちに過ぎ去ろうとしている。故郷へ帰れる年は、一体いつになることだろう。

作者は詩聖・杜甫(712~770)。題名は特についておらず、ただ二首連作の絶句とだけ知られている。

その第一首では、四川・成都の草堂で穏やかな春を迎えた杜甫が、明るい春の風景を愛しむように詠う。この成都で家族とともに過ごした数年間が、彼の生涯のなかで最も平穏な日々であった。時は764年、杜甫53歳。

ただ、その生活も長くは続かなかった。彼を庇護していた人物の死と四川地方の乱れのために、翌年には家族を連れて成都を離れ、船で長江を下って再び流浪の身となる。その後は貧困と老病に悩まされながら各地を流転し、770年、湖南の地で59歳の生涯を終える。

第二首に見られるように、漢詩における春は、切ない望郷の季節でもある。

わが日本にも今、さまざまな事情により、ふるさとを離れて春を過ごす人々がいる。そのことを思い起こせば、この詩への感慨もひとしおのものになるだろう。

 (聡)