【漢詩の楽しみ】 王昭君(おうしょうくん)

【大紀元日本10月01日】

満面胡沙満鬢風
眉銷残黛臉銷紅
愁苦辛勤顦顇尽
如今卻似画図中

面(おもて)に満つる胡沙(こさ)、鬢(びん)に満つる風。眉は残黛(ざんたい)銷(き)え、臉(かお)は紅(べに)銷ゆ。愁苦(しゅうく)辛勤(しんぎん)して、顦顇(しょうすい)し尽くせば、今ぞ卻(かえ)って画図(がと)の中(うち)に似るが如し。

詩に云う。漢土を遠く離れて胡(えびす)の地にきた私の顔は砂漠の砂にまみれ、鬢の毛も風に乱されている。美しい眉を描いた黛も、頬にさした紅も、色あせてしまった。悲しみや苦しみのあまり、げっそりと痩せ衰えてしてしまった今の私。その姿は、かえって醜く描かれたあの絵に、なんと似てしまっていることよ。

作者は白居易(772~846)。詩中の王昭君は、西施(せいし)貂蝉(ちょうせん)楊貴妃(ようきひ)と並び称される中国四大美女の一人である。

王昭君の物語は、漢代の元帝(紀元前74~33)の頃にさかのぼる。後宮に数多いる美女たちはこぞって絵師に賄賂を贈り、自分をより美しく描いてもらおうとした。帝が寵愛する妾を選ぶ際には、その絵が重要であったからである。ところが賄賂を贈らなかった王昭君は、絵師に逆恨みされたため、はなはだ醜く描かれてしまった。

そのまま元帝の寵愛を受けることもなく、北方の異民族である匈奴(きょうど)の王、呼韓邪単于(こかんやぜんう)に政略結婚の犠牲として送られることになった王昭君。元帝は、別れの挨拶に進み出た彼女を見て、はじめて絶世の美女であったことを知り、悔しがったという。

詩に話題を戻すが、その悲劇の故事をもとに作ったこの妖艶な一首は、白居易17歳の時の作であったというから驚く。匈奴の地の厳しい風雪にさらされて衰えた容姿は、かえって醜く描かれたあの時の絵に似てしまったという表現の、なんと見事なことか。

やはり彼は早熟の天才だったといってよい。

(聡)