私小説『田舎の素麺』(二)

しゅるしゅると皆で素麺をすする幸せな音が居間に響くと、やおら咀嚼して嚥下し一拍してから、「この出汁は、アゴからとったのかい?」とキク叔母さんが聞いた。白髪の母はすぐにかぶりを振って、「いやあ、今年は河豚のアラを使ってみたよ。東京から孫を連れてきている正志が河豚のアラがすきだから」と、私が話題に上ったので、親戚一同の視線がいっせいに私に集中して、田舎の通例なのだろうが、何か意見を求めているようだった。

一種田舎特有の人間関係を敏感に感じ取った私が押し黙っていると、「今年もお盆だっていうのに、京子さんは九州に来んとか? 嫁が一緒じゃないとか、九州のお盆じゃ考えられん! だから、あれほど一緒になるなら、九州のおなごば一番じゃと反対したのに、本州の人と一緒になったから、こないなみっともないことになる!」と典型的な九州男児の菊治叔父さんがイラつき気味に口火を切って空気が悪くなったが、このとき正午の戦没者への黙とうが始まって救われた。

黙とうが終わったら皆の前で公開処刑されるかと内心肝を冷やしつつ静かに目を開いたところ、いそいそと白髪の母がノドグロの煮つけと冷汁の出汁をかけた麦飯を盆にのせて昼食の支度をしていた。ノドグロは最近東京でも注目されるようになった玄界灘の逸品で、田舎の人は現金なもので、御馳走を前にするとすぐに空気が直ってしまい、いつのまにか亡父の遺影の前にもそれが添えられている。つくづくこの白髪の母が、わが母ながら機転の利く行き届いた女性だと感心させられる。

昼食の膳で機嫌がよくなり腹がくちた哲三叔父さんが、「剛も大きくなったら、福岡ソフトバンクホークスの松中みたいに強打者になるけんな」と手にした真新しいホークスの野球帽を被せようとしたが、東京にでてきて二代目になる大人の駆け引きに無頓着な息子は、「ううん、僕は長野みたいな巨人の選手になるんだ」とこともなげに拒否したので、顔面をひきつらせながら、自分でそれを被ってしまった。

(竜崎)