大紀元時報

「家なき子」 傷だらけの人生ーーエイミー・ユーの物語

2019年06月15日 22時21分
(新唐人)
(新唐人)

エイミー・ユーは孤児ではありませんが、いつ孤児になってもおかしくない状況でした。

イギリスのケンブリッジ大学でファッションデザインを専攻し、生計を立てるために懸命に働きました。

物静かなエイミーに辛い過去があったなど想像がつきません。

17年前、母親にこっそりと公園に連れ出され、そこで父親に会い、手をつなぎました。それ以来父親と会っていませんでした。

辛い時、唯一慰めてくれたのが父親からの手紙でした。読むと心が温かくなったからです。

「父からの手紙は全て持って来ました。そして、マットレスの下に忍ばせていました。そこから手紙を取り出して読んだんです。でも、あえて頻繁に読まないことにしていました。手紙が消えてなくなりそうな気がしたからです。

辛く落ち込んだ時にだけ、読むようにしていたんです。読むと心が温まるからです。

「父が私のために描いてくれました」

父親は画家です。娘をこよなく愛し、描く技法を教えました。父親は中国の伝統的な気功修煉法法輪功の学習者になり、「真・善・忍」の理念に忠実に従うようになると、健康を取り戻すことができました。

「父はより穏やかになり、人当たりもよくなりました。母親と喧嘩することもなくなり、子供ながらとても嬉しかったんです」

1999年、中国で法輪功が禁止され、エイミーの家族の暮らしも厳しくなりました。

父親は罪を犯したわけではありませんが 、『法輪功は素晴らしい』という垂れ幕を設置したことで懲役15年の判決が下りました。

2年後には、母親が法輪功の迫害について人々に伝えたことで、懲役11年を宣告されました。

刑務所にいる両親を接見するために、毎回汽車で20時間もかけて会いに行きました。父親には会うことができないと言われることもありました。

父親が逮捕された時 エイミーは14歳でした。どんなに生きるのが辛くても、ガラス越しに見る父親の笑顔や温かい眼差しに癒されました。

刑務所で拷問を受け、あざだらけの顔をした父親を見ると、心がひどく痛みましたが、父親からは憎しみを抱いてはいけないと諭されました。

2009年、強制労働の最中に父親は片目を怪我しました。また、強制洗脳の過程で激しく殴打され、片脚と肋骨を骨折しました。

「生きる望みを失いそうになりました。いつも思い描いていた夢があったんです。私が健康で立派な大人になって、両親も釈放されたら、また家族で一緒に暮らして、両親の面倒をみる夢です。けれど、父が無事に出所できるかどうか不安でたまりませんでした。まだ8年も刑期が残っていたんです」

エイミーもよく知る父親の知人たちの中にも、不正に勾留され亡くなった人たちがいました。

エイミーは失望し、生きる意味が分からなくなりました。「なぜ善良な人々が罰を受けるの?」「なぜ正直者は報われないの?」その頃のエイミーは信念を失っていました。

イギリスを初めて訪れた時も、人を信じることができませんでした。

「真善忍国際美術展」ががケンブリッジで開催された時、エイミーは展示された作品を鑑賞し、深く感銘を受けました。

最も共感した作品は『ホームレス』でした。

「法輪功学習者たちの家族にも、幼い子供たちがたくさんいます。その子たちにも帰る家がありません。女の子は涙を流しています。自分ではどうすることもできない幼い子です。こんなに小さいのに、すでに凄まじい人生を送っているんです」

自由な社会に身を置いて、エイミーは徐々に生きる力を取り戻しました。

そして両親と同じ学習者たちの多くが、揺るぎない信念を貫き通している理由が少しずつ分かりかけてきました。学習者たちの活動は人間性の本質、つまり勇気、希望、思いやりなどのメッセージを伝えることなのです。

エイミーの記事の最後には両親を救うための協力を呼び掛けています。
「拷問を受け命を失うかもしれない状況下でも、両親は信念を貫き通しています。そうすることで本来のあるべき人間の姿を示しているのです」

数年後 イギリスで世界に誇る神韻公演を鑑賞した時、ある曲に深い感銘を受けました。

「その曲の中に『己の良心を揺るぎないものにしなさい』という歌詞が私の琴線に触れ、とても共感したんです。

長い間、なんだか忘れていたような、不確かなものを追い求めていたような、それをうまく言い表すことができなかったんです。

でも、その瞬間 気付いたんです。「求めていた答えだ」と。

2014年、母親の王楣泓が釈放されました。そして2016年11月17日、エイミーの父親于宗海も15年の刑期を終えて、自由を取り戻しました。

現在、家族はまだ離れて暮らしていますが、心は一つに結ばれています。

「どのような辛い環境であっても、良心を忘れずにいると、いつも幸せでいられます。

真・善・忍で心を満たすと、温かい光に包まれた感覚を覚えます。人に会う時も、この前向きで温かいエネルギーを伝えたいと思うようになります。そして正しく生きようと決め、自分の良心に従えば、気高く、 輝かしい自分の道を歩むことができます」
「善とは態度に自然に出るものであり、生き方の一つです。環境に左右されないものだから、善は不変なのです」

 

(エポック・メディア・グループ新唐人より転載)

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