大紀元時報

『慈悲の心』が、債務の揉め事を解決

2019年08月28日 12時29分
Photo credit should read STR/AFP/Getty Images
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明朝の衡湘梅公梅国桢(1542年-1605年)は、県令をしていました。ある日、一人の宦官が、借金取り立ての手助けをして欲しいと頼みに来ました。

梅公は宦官と一緒に酒を飲み、その債務者を呼びました。梅公は酒を飲みながら、「なぜ借金を返さないのか?」と債務者を責めました。彼は、「貧しくてお金がありません」と答えました。

梅公はわざと声を上げて、「お前は高貴な人からお金を借り、貧乏であることを言い訳にして借金を返さないのか?今日必ず返済しなさい。もし少しでも遅れるようなことがあれば、お前に死んでもらおう」

負債者はどうしようもなくなり、泣きながら外に出ました。宦官はそれを見て、憐れみを浮かべた表情をしました。

梅公はそれを見て、すぐに債務者を呼び戻し、顔をしかめて言いました。「もともとあなたが貧しいことは知っている、しかし今はどうすることもできない。早く妻と子を売り、それでお金を返しなさい。私とて官僚として、あなたの家族を突然引き裂くわけにはいかぬ。1日時間をあげるから、妻と子の元に戻り、お別れを言うがよい。そのあとお前たち家族が会う事は二度とないであろう」

債務者はそれを聞き、悲しみに打ちひしがれて、泣かずにはいられませんでした。また、梅公も泣くのを我慢できませんでした。宦官もたまらず涙を流しました。宦官はそれ以上借金を取り立てることをできず、ついに債権を破棄しました。

梅公は宦官を傷つけることなく彼の心変わりを促し、同情心を掻き立て、自ら債権を放棄させました。梅公は官僚としての評価を高め、その後、兵部右侍郎となり、名声を轟かせました。

この二つの物語の主人公は、他人の気持ちと立場を思いやることができ、慈悲の心を持って揉め事を解決しました。他人の心を思いやる気持ちのある人は、他人にも尊重され、天からの保護も受けるでしょう。

(大紀元日本ウェブ編集部)

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