大紀元時報

不幸な家庭環境で育った子どもが健全な人間関係を築くために

2019年08月24日 11時41分
私たちが子供の頃に混沌とした関係で学んだ戦略を適用すると、彼らは私たちの大人の関係と個人的な成長を損なうことができます。 (Alejandro J. de Parga/Shutterstock)
私たちが子供の頃に混沌とした関係で学んだ戦略を適用すると、彼らは私たちの大人の関係と個人的な成長を損なうことができます。 (Alejandro J. de Parga/Shutterstock)

不幸な家庭環境で育った子どもたちが大人になると、健全な人間関係を築くことが困難になる。彼らは自分のために声をあげたり、だれかの行動を批判することをあまりにも危険だと感じている。そのため自分の経験を人に話すことを避けるようになる。

子どもたちは自分の居場所を見つけなければならない。居場所があることが生き延びるということなのだ。家庭で起こる惨事を公言してしまえば、世話をしてくれる家族や自分自身の生活を脅かすことになる。家庭が混乱している場合、一般的に子どもに興味を持ってくれる大人は周りにはいない。子どもたちが安心して話せる相手が周りにいないのが大半で、責任を持って事態を好転させてくれる人がいる可能性はさらに低い。

不安定な環境で育った子どもたちは、自分自身の安全を維持するために防衛能力を発達させる。簡単に言えば、大丈夫ではないことを大丈夫だと自分に言い聞かせられるようになる。彼らは不安や恐怖、怒り、そして絶望を隠す天才だ。どんなに辛くても、何事もなかったようにやり過ごしてしまう。そして次第に、普通ではない状態が当たり前になる。

この能力によって子ども時代に一定レベルの安全を保つことはできる。しかし大人になるとその効力を失い、不安や怒り、無力な気持ちに押しつぶされて身動きが取れなくなってしまう。子ども時代に閉じ込めた感情はまだそこにあり、これ以上隠すこともできなくなってしまうのだ。

異常な行動が当たり前になった家庭で育つ子どもたちは、親に反論したいと思っても決して行動には移さない。なぜなら、もっと恐ろしい状況を招くだけで世界を変えることなどできないとわかっているからだ。

同様に、大人同士の関係でも周りの人の自分に対する対応をたえず考えてしまうようになる。頭の中で静かに主張を作り上げ、どうやって反論しようかと作戦を立てるものの、結局はまた黙り込んでしまうのだ。

執拗に悪い状況をイメージしてしまうのに、それを変えるにはどうしたら良いのかその方法がわからない。結果的には苦境に立ち尽くし、いつも怯えてばかりであまりに無力な自分を恨めしく思うしかない。

大人になると、何か嫌なことがあったとき彼らの神経は攻撃的で逃げ腰な反応を起こす。前頭葉は動きを止め臨戦態勢に入る。脳の奥底で、もし反論したら事態を悪化させてしまうと思い込むのだ。そして根深い恐怖心に占拠された脳は行動を起こす前に相手の嫌な行動をなかったことにして関係を続けるようになる。

しかし沈黙を守ることは大人の人間関係では機能しない。それでは親密な関係を築くことはできないし、子ども時代のように自分を安全な場所に隠すこともできない。それどころか自分を守る名目で本心を飲み込むことで、自分自身を傷つけることになる。結果的には恐怖心に乗っ取られ、嫌なことばかりを考えるようになり、強い憤りを抑えられなくなってしまう。

嫌な出来事に対して頭が勝手に反応し身動きが取れなくなってしまったらどうしたら良いのだろうか。どうすれば目の前の出来事を意識に落とし込み、選択肢を得ることができるのだろうか。そのための第一歩は、確執に直面したとき自分の中で起こっていることに注意を向けることである。すなわち、このパターンを認識して、安全ではない事態に直面すると臨戦態勢に陥いる自分自身に気づくことだ。この事実を認識したとき、自分を守る唯一の方法である思いやりと感謝を自分自身に捧げることができるようになる。そして今までの対応では自分を守れないことに気づかされるのだ。

第二に、自分の恐怖心にしたがって人の声に耳を貸すことをやめることだ。時に自分自身の弱い心は、必ずしも他人は必要ではないことを思い出させてほしいと感じている。

もし今の人間関係に子ども時代の依存心を投影していることを自覚できれば、そしてその相手がいなくても自分が死ぬわけではないと気づくことができれば、本当の気持ちを言葉にする勇気を持つことができる。それでも心から信じられないようなら、自治体に力を借りるのも良いだろう。

一方で、心にひそむ子どもの時代の自分は、自身が許せないことを相手にわかってもらう必要はないと理解する必要があるだろう。時に恐怖心は人の怒りや非難から自分自身を守るためにあり、この感情が自分を最もひるませるのだ。実際には、自分が許容できない人の行動について相手に理解してもらう必要はない。シンプルに「大丈夫じゃない」と言えばいいのだ。

「苦難に直面したとき何を信じて声をあげればいいのか?」という疑問への答えは無限にある。最も大切なのは、怯えている自分自身に、苦難に立ち向かって本心を伝えるためにはどうすれば良いか、思いやりを持って尋ねることだ。前進するために必要なことがわかったら、自分の心に正直に行動すれば良い。

苦しい現実を受け入れざるを得ない環境で育ち、自分をかばってあげられない大人になると、怒りを抑えて自分を犠牲にしてでも平和な環境を守るようになる。

しかし不幸な家庭環境で育ったからといって、同じように生き続けなければならないわけではない。私たちは苦境に対する自分自身の態度を変えることができるのだ。そしてその過程で状況自体を変えることだってできる。暗闇の中の光となり、自分自身の現実を創造することができるのである。

子どもの時と違って、現実の世界で言葉を発する力を手に入れたなら、問題を解決へと導くことができるだろう。

(文:ナンシー・コリアー ※心理療法士であり講演家、そして「The Power of Off: The Mindful Way to Stay Sane in a Virtual World」の著者でもある。

(大紀元日本ウェブ編集部)

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