【紀元曙光】2020年4月4日

日本でよく目にする桜のうち、どれほどの割合かは知らないが、ソメイヨシノが大部分であると言ってよいのではないか。染井は東京の地名で、今の巣鴨から駒込あたりだろう。
▼古来より、名所として知られる大和国吉野の桜は、古種であるヤマザクラが主である。その名声は遠く江戸にも聞こえ、江戸末期から明治にかけて、染井の植木職人が品種改良して完成させたのが今日のソメイヨシノということになる。葉が出る前に、万朶の花が爆発的に咲くのが特徴で、明治以後、特に昭和期に全国的に植樹された。
▼万事自粛の日々であるが、やむを得ない用事があって、昨日は少し外出した。出たついでに、人が密集しない場所なので、巣鴨駅から近い染井霊園の中を歩いてみた。
▼散り残りの桜が、まだ美しさを保ったまま園内の各所にあった。降り積もった花びらに目を落としながら進むと、外国人墓地の一角に至った。その中の一基に人物紹介の札が立っている。ロデスカ・ワイリック。米国の宣教師で「東洋のナイチンゲール」と呼ばれた女性だという。
▼ワイリックは1856年、オハイオ生まれ。貧しい農家の出身だったが、苦学してドレイク大学を卒業した。1890年、伝道のために来日。医師と看護師の資格をもつ彼女は、日本で社会奉仕活動にも尽力し、日露戦争が始まると戸山の陸軍病院に赴いて傷病兵の看護にあたる。
▼東京で生涯を終えたワイリックの命日は1914年4月3日。つまり筆者が全く知らずにここへ来た、その日であった。後からそう思っただけであろうが、何やら呼ばれて来たようにも思えた。