【紀元曙光】2020年8月31日

(前稿より続く)夏目漱石は、英文学を専攻する前に、幼少のころから漢籍に親しんでいた。
▼ラルフ・タウンゼントとは異なり、漱石は自身で漢詩も詠む。書物の上では中国文化を大量に学んだ明治の知識人である。そんな漱石にしても、実際に訪れた中国で目にした光景を、古典とは全く別の感覚でとらえている。
▼その部分を切り取って、日本の夏目漱石を「中国人差別主義者」などと批判する必要は全くない。中国の日本文学研究者がそのことを言うらしいが、そうではないのである。汚いという当時の表現も、見たままの中国人がそうであるから、感じたままに書いた。持病の胃痛をかかえての旅行記であることが、この作品に、独特の世界をもたせているようだ。
▼もう一つ、著名な日本人の言葉を引用したい。勝海舟『氷川清話』より。「全体、シナを日本と同じように見るのが大違いだ。日本はりっぱな国家だけれども、シナは国家ではない。あれはただ人民の社会だ。政治などはどうなってもかまわない。自分さえ利益を得れば、それでシナ人は満足するのだ。清朝の祖宗は井戸掘りをしていたのだが、そんな卑しいものの子孫を上にいただいて平気でいるのをみても、シナ人が治者の何者たるにとんちゃくせぬことがわかる」。
▼勝海舟は、同じ『氷川清話』のなかで、中国の庶民にとっては日清戦争に敗れたことなど馬耳東風で、何の意味ももたないことを述べている。
▼もともとの中国人は、こういう人々らしい。日本人とは、大分違う。そう思っておけば良いではないか。政治を行う上層とは無関係に、庶民は必至で生きようとする。(次稿に続く)