大紀元時報

【漢詩の楽しみ】寄黄幾復(黄幾復に寄す)

2021年03月12日 13時12分
大紀元エポックタイムズ・ジャパン
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 我居北海君南海、寄鴈傳書謝不能、桃李春風一杯酒、江湖夜雨十年燈、持家但有四立壁、治病不蘄三折肱、想得讀書頭已白、隔渓猿哭瘴煙藤

 我は北海に居(お)り君は南海。雁(かり)に寄せて書を伝えんとするも能わざるを謝す。桃李(とうり)春風(しゅんぷう)一杯の酒。江湖(こうこ)夜雨(やう)十年の灯(ともしび)。家を持(じ)せども但(た)だ四立(しりつ)の壁有るのみ。病を治すに三たび肱(ひじ)を折るを蘄(もと)めず。想(おも)い得たり、読書せる頭(かしら)已(すで)に白からん。渓(けい)を隔てて、猿は瘴煙(しょうえん)の藤に哭す。

 詩に云う。私は北海のほとりに居り、君は南海にいる。故事にならって雁に手紙を託したいのだが、それも叶わず、君には申し訳ない気持ちだよ。今思い出すのは、うららかな春の日に、二人して桃や李(すもも)の花の下で酒を酌み交わしたことだ。以来、郷里の江西を離れて十年、それぞれ別れたままになったが、あの雨夜にともされていた古家の灯火は、まだ人がいて、ともされているだろうか。私は今こちらで家を持ち、なんとか生活を維持しているが、漢の司馬相如のように、部屋になにもない貧乏暮らし。世渡り下手という病を治すため、肘を三度も折るような無駄な苦労はせずともよいはず。そこで、ふと君のことに思い至ったよ。君の頭は、もう白髪になっていよう。そっちの南方によくある、わるい霧の立ち込める谷川の向こう側で藤にすがって啼く猿の金切り声でも聞きながら、君はまだ読書に励んでいるだろうがね。

 北宋の詩人、黄庭堅(こうていけん 1045~1105)の作。日本では、字(あざな)の黄山谷のほうが知られているかもしれない。

 日本の和歌(意味が重複するが)には「表現不可能」と断定してよいテーマに、男同士の友情がある。漢詩は全く逆で、これを最も得意とする。女流の漢詩人も、もちろんいるが非常に少ない。漢詩には平安貴族の恋愛歌のような柔弱さは皆無で、作者を一方の主体とする男性的な情感の表現こそが、漢詩という文学の真骨頂であるといってよい。

 表題の詩もその好例で、作者と同族で旧知の親友であった黄幾復へ寄せた詩である。現代中国語で「寄」は郵送することを指すが、この詩の場合、本当に書簡として、わざわざ高い費用をかけて送付したわけではない。遠い友人に送った詩、という設定にしてあるだけで、実際に作品を披露するのは作者の周囲にいる同好の士であろう。

 中国史における宋代といえば、王安石の新法による政治改革が有名だが、旧法党に属していた蘇軾(蘇東坡)の門下生であった黄庭堅もそのあおりを受けて、遠方の任地へ飛ばされていた背景がある。

 とは言え、詩中にある「貧乏暮らし」ではなく、質素ではあっても唐代の杜甫のように本当に困窮していたわけではない。「北海」とはバイカル湖のことだが、実際に作者が赴任したのは山東省の渤海湾の近く。黄幾復がいたのは南シナ海に近い広東省だったので「南海」と、いずれも詩的表現にしてあるところも興味深い。

(聡)

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