大紀元時報

【漢詩の楽しみ】望湖楼酔書(望湖楼にて酔書す)

2021年03月12日 06時00分
大紀元エポックタイムズ・ジャパン
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 黒雲翻墨未遮山、白雨跳珠乱入船、巻地風来忽吹散、望湖楼下水如天

 黒雲、墨を翻(ひるがえ)して未(いま)だ山を遮(さえぎら)ず。白雨、珠(たま)を跳(おど)らせ、乱れて船に入る。地を巻き、風来(きた)りて忽(たちま)ち吹き散ず。望湖楼下、水、天の如し。

 詩に云う。空の黒雲はまるで墨汁をひっくり返したようだが、まだ遠くの山を隠すほどではない。激しく打ちつける雨は、白い雨粒を躍らせて、湖に浮かぶ船のなかへ入っている。地上のものを巻き上げるように、強い風も吹き荒れている。この望湖楼から眺めると、今の西湖は普段の姿とは違って、荒れる天を湖面に映しているかのようだ。

 蘇軾(そしょく 1036~1101)の作。北宋を代表する詩人で、文章にも優れていた。東坡居士と号したことから蘇東坡(そとうば)という名でも知られている。王安石の新法による改革のなかで、蘇軾は旧法党に属したため冷遇され、都の開封を離れた地方官に任じられることが多かった。晩年の62歳ごろには、当時は非文明の地である海南島に追いやられたが、蘇軾は気落ちすることなく、そこを住まいとして詩文の創作に励んだ。

 人柄も良かったらしい。地方官として赴任する先々で、蘇軾は民衆の絶大な人気を得ていることからも、それが伺われる。

 古来より風光明媚で知られる西湖(杭州市)には、その湖面をまっすぐに渡る蘇堤(そてい)という堤があり、この地に官人として赴任した蘇軾が造営したと伝えられている。官命によって行われる大規模な土木工事は、往々にして、隋の煬帝の大運河開削のように、酷使された民衆の反発をかうものだが、蘇堤を築かせた蘇軾にはそのような不評は一切なく、中国の民衆に深く敬愛される人物として今日に伝わっている。

 余談だが、西湖の水利工事が完成したとき、現地の民衆の側から、蘇軾に感謝する祝いの酒食が届けられた。蘇軾は、その返礼として、料理人に指示して「豚肉の角煮」を作らせ、皆にふるまったという。このときの料理が、東坡肉(トンポーロー)という中華料理の定番メニューになっている。

 表題の詩は、その西湖のほとりに立つ高楼からの眺めを詠っている。天気はわるく、激しい雨が降っているのだが、それさえも、西湖をこよなく愛する蘇軾にとっては一幅の「詩景」となるらしい。

 蘇軾の詩文は、その弟子である黄庭堅とともに、鎌倉から室町時代にかけての日本で盛んに読まれた。日本人にも愛読された漢詩人の一人であることを、現代の私たちも記憶しておきたい。

(聡)

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