宗教者に対して中共が実施した統一戦線秘策:金銭による買収と武力弾圧(イラスト=大紀元)

【党文化の解体】第2章(8)「宗教自由の虚像を作り上げる」


 2006年8月、江西省化成禅寺の監寺(寺の監督責任者)は「六四天安門事件」の犠牲者のために供養の儀式を行ったため、当局の脅迫を受けて寺を離れざるを得なくなった。桂陽県宗教局の何局長がこの監寺に「あなたは荒淫、酒乱、買春、賭博など、何をやってもよい。だが共産党に反対することだけはさせない」と話したという。

 偽りの宗教自由は、真相の分からない多くの人を中共に操られる宗教組織に入らせた。彼らが日ごろ読んでいる経文は中共に歪曲されたものであり、彼らの正信は中共の世俗的利益に侵食されている。中共はこの方法で佛教、道教などを系統的に破壊した。

 宗教自由を唱えている中共は、共産党の命令に随う悪徳の人たちを寺院、道観の住持や各級宗教協会の責任者に任命した。これらの人たちは、中共の要求に従って国際舞台で中共の「宗教自由」を粉飾し、国内で自分の立場を利用して金銭を集め、甚だしい場合には、荒淫、酒乱、買春、賭博などに走っている。例えば、広州市にある二つの寺院の和尚は、三元里の売春宿で集団売春を行なった。光孝寺、法幢寺及び南山寺の三大古寺の和尚も集団売春を行なった。広東省佛教協会の会長で光孝寺の住職である明生和尚は、寺院の敷地内に「甘露坊」という精進料理のレストランを開設し、遊女のような女性を雇って入り口で客引きさせている。

 中国では昔から神に願い佛を拝む伝統がある。本来なら、寺や廟に行って神佛を拝む人たちはみな、因果応報を信じ、神佛に善を行なって罪を償うことを誓い、敬虔な懺悔の心で神佛の助けを求め、当座の困窮から抜け出したいと願うはずだが、偽りの宗教者は、神に願い佛を拝むことを歪曲し、寺院に多額の金銭を布施すれば神佛のご加護が得られると解釈し、その布施した金の由来を問わない。盗んできたものでも、奪ってきたものでも、或いは収賄や横領の金でも、何でも結構である。このように、神に願い佛を拝むことが、敬虔な懺悔から「神佛を買収する」、「神佛と取引をする」ことに変わった。

 「汚職の官僚は佛を拝み、修行の和尚は売春宿の客に」というような宗教自由の正教に対する破壊力は計り知れない。これによって、多くの人は、宗教は虚偽、金集め、淫乱の組織だと批判している。このような民間からの批判は、中共の直接の誹謗宣伝より影響力がさらに強い。

 中共の儒教、佛教、道教に対する批判は多方面で行なわれている。理論の面では、「科学」の棍棒を振るって儒教、佛教、道教の教えを叩き潰し、組織の面では、宗教団体を改編してその内部に自ら宗教理論を批判するように行わせ、さらに、共産党の内部では、宗教を妖魔化する思想教育を行なってきた。

 このような批判は、長時間にわたって持続的に行なわれ、学校教育、日常生活、各種の政治運動の中にも浸透した。国民に批判の文章を書かせたり、集団学習を行なわせたりして強制洗脳を行なった。しかも、このような批判は全面的な否定方式で、伝統文化を保留する余地を全く与えない。中共は熱狂的な無神論と唯物論の宣伝、伝統正教の妖魔化、政治暴力による威嚇、宗教代理者の配置などの方法を利用して、伝統的な儒教、佛教、道教の文化を壊滅し、共産党党文化を作り上げた。

 その結果、今では大多数の中国人は儒、釈、道のことをあまり知らず、それは「封建社会の迷信」だと言われたら、すぐ条件反射的に避けるようにする。この状況下では、共産党は何かを否定したい場合、スローガン式の批判で十分に効果が得られる。批判されたことが良いか悪いかの証拠を提示しなくても、国民も納得できるのである。

 (続く)