大紀元時報

寿命も計算 中国古代算術の真の内涵

2021年6月8日 13時23分
(きのえね/photoAC)
(きのえね/photoAC)

私たちは、今日の学問に数学があることは知っていますし、算術と呼ばれることもありますが、古代算術内涵が異なります。古代算術には、祖沖之(中国南北朝時代の南朝の天文学者・​数学者・発明家)のような円周率の計算だけでなく、術類のものも含まれていました。術類のものはとても復雑で、中には法術の内涵があって、生死まで計算できたようです。その中には占いも含まれていました。

真玄兎は算術に精通し、漢の成帝時期の人でした。ある時、真玄兎は自分が73歳まで生きて、綏和元年1月25日の申(さる)の刻に死ぬと計算して、家の壁にその日付を記録しました。 綏河元年1月24日の申の刻になると、彼は予想した日より一日早く死にました。 死ぬ前に、妻は「あなたが自分の死の日時を計算していたとき、加減していたのを見たわ。その時は、死を免れるためにわざとやったのかと思いました。 だから教えてあげませんでした。 今、あなたの死期は一日早いんですね」と言っていました。 真玄兎は妻に、「北邙山には墓がある。 墓の傍らには楸の木が生えている。 楸の木の西側、4丈離れたところで、7尺の深さまで掘って、私が死んだらそこに埋葬してください。」と言っていました。真玄兎が死んだとき、家族は彼が示した方向と位置を掘って、7尺の深さに達したとき、古代の空の槨墓を見つけ、彼をその中に埋葬したのです。

彼の妻も算術を知っていたので、算術は学ぶことができることがわかります。ただ、普通は勝手に教えたりはしないのです。

(源 正悟)

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