大紀元時報

桃源郷ー和神国から返ってきた男

2021年10月2日 10時42分
(node / PIXTA)
(node / PIXTA)

後魏の尚書である古弼(グビ)には、養子である元之(ユアンジ)がいた。元之は幼い頃から両親がなくなって、古弼の家族で暮らしていた。古弼は元之のことをとても気に入っていた。ある日、元之は飲み過ぎて泥酔状態で死んだ。古弼はとても悲しかった。3日後、元之は棺に入れられ、埋葬される準備が整ったが、 周りの人がどんなに説得しても、古弼はどうしても最後に棺を開けて元之に会いたいというのだ。

棺の蓋を開けるとなんと元之が生き返っていた。家族全員は大変驚いて喜び、急いで元之を棺から取り出して休ませた。 彼が完全に回復した後、人々は彼に死ぬのはどんな感じかと尋ねた。すると元之は彼らに次のような話をした。

私は酔っていて何も感じず、まるで夢を見ているようだった。 すると突然、桶から冷たい水をかけられたような気がした。 あまりの出来事に顔を上げると、背の高い帽子をかぶり、大きな赤い服と雲の模様が刺繍されたマントを身につけた、神々しい立派な姿の人がいた。

神人は元之を見て、「私はあなたの遠い祖先で、古説(グー・セイ)といいます。 私は和神という国に行くのですが、荷物を運ぶ人がいないので、あなたをここに呼んだのです」と言いました。そして古説は元之に大きな旅袋を持たせ、2尺の竹竿を渡し、馬に乗って自分の後ろを追うようにと言った。 馬は非常に速く走り、しばしば空中に浮き上がり、山や川を越えて何キロも走った後、突然平地に降り立った。

和神の国には大きな山はなく、高いものでも数十センチ程度で、至る所に異国の花や珍しい果物があり、緑の芝生がどこまでも続き、様々な珍しい鳥が穏やかに鳴いていた。 山の上は平らなので、岩の割れ目から何百もの清らかな泉がしぶきを上げて流れ落ちている。

畑には普通の木はなく、すべてがザクロやアカシアの果樹で埋め尽くされており、それぞれが花をつけ、緑の葉の塊に隠れて真っ赤な果実をつけ、一年中枯れることなく、ただ毎年、自然に花が咲いては散っているだけで、古い果実は入れ替わるように新しい果実を生み出し、人々はそれに気づくことがなかった。

また畑のいたるところにひょうたんが生えていて、人間の畑の穀物とは比べ物にならないほど甘い穀物が詰まっている。 和神の国では、誰もが豊かに暮らすことができ、苦労して耕す必要もなく、土地自体が肥沃で潤いがあり、雑草一つ生えていなかった。 毎年、木の枝から様々な色の絹糸が生えてくるので、人々はその木から好きな色を取り、それを使って、蚕を育てたり、布を織ったりせず、好きな絹を織ることができる。

この国では一年中、風が吹いていて、2月、3月になると、いつも地球の春のようだった。蚊、ハエ、アリ、シラミ、スズメバチ、サソリ、毒ヘビ、ムカデ、クモ、ミドリムシなどの虫、ワシ、カラス、フクロウ、ハヤブサなどの鳥類やコウモリ、ジャッカル、オオカミ、トラ、ヒョウなどの猛獣、ネコ、ネズミ、ブタ、イヌなどの動物もいなかった。

この土地の人々は皆、背丈も美しさも同じで、欲や愛や憎しみといった利己的な欲望もなかった。 どの夫婦にも2人の男の子と2人の女の子がいて、近所の人たちと代々結婚している。 少女も青年も成人になるとすぐに結婚する。国民の平均寿命は120歳で、一生のうちに病気や早死、耳の聞こえない人、口のきけない人、目の見えない人、足の不自由な人はいないという。

100歳以下の人は自分の年齢を覚えているが、100歳以上の人は自分が何歳なのかわからなかった。 人生の最後を迎えた人は、どこに行ったかわからないまま突然姿を消し、家族や友人はすぐに忘れてしまうので、人々は悲しみや嘆きを抱くことはなかった。

ここの人たちは1日1回、正午にしか食事をしないが、それ以外の時間は酒を飲んだり、果物を食べたりするだけだった。トイレもないので食べたものがどこに行くのかわからない。 人々は食べ物を貯めておくことはせず、ただ畑に置いておき、それを必要とする人は自由に持ち帰ることができた。

ここの人たちは野菜を作ったことはなく、野菜どこでも食べられるくらいの量があった。10畝の土地には、酒の湧き出る泉があり、その味はとても香ばしいものだった。 そして、この土地の人々は、毎日、遊び出かけ、夕方になると解散し、誰も酔いつぶれなかった。

家や屋敷も立派だった。誰にでも召使いがいて、頼まれなくても主人の要求を理解し、細心の注意を払って仕えていた。 そしてこの王国の家畜は馬だけで、馬はとても従順で丈夫だった。飼料は与えられず雑草ばかりで、厩舎で飼われているではなく、乗ったまま連れて行かれ、終わったら放されていた。

またこの国には様々な役人がいたが、役人には公務がなく、庶民と交わっていた。昇進、降格、処罰が王国の皇帝によって行われたことがないため、この国の皇帝も公務がなく役人の一人のようだ。

また、嵐もなく、風はいつも柔らかくて暖かく、何も吹き飛ばされなかった。 10日に1回は雨が降り、いつも夜に降っていたので、川は自由に流れていたが、氾濫することはなかった。国の人々は家族のようであり、誰もが賢くて、徳が高く、小さな利益に貪欲な人はいないので、商売をすることはないようだ。

最後に古説は元之に「ここは和神の国であり、まだ神々が住むような恵まれた場所ではないですが、人々の習慣はなかなか良いです。 帰国したら、自分が見聞きしたことを世の中に伝えて、人々がこの外の世界について知り、教育を受けられるようにしてください。 私は今、目的地に到着し、帰るときには他の人に鞄を持ってもらうことにしていますので、これ以上のご迷惑はおかけしません」と話した。

古説は酒を取り出して、楽しく飲むように言った。勧められるまま元之は数杯飲んだら、無意識のうちに酔ってしまった。そして目が覚めると生き返ったという。

復活後の元之は、世間に無関心になり、堂々とした振る舞いをするようになった。 世の中のことには無頓着になり、以前のような昇進したいという野心もなくなっていた。そして有名な山や川を旅し、自分ことを「和知子」と呼んでいる。その後、彼がどこに行ったのか誰も知らない。

出典:唐.牛僧孺《玄怪录》
(翻訳編集 里見雨禾)

関連キーワード
^