ベスビオ火山で出土した遺骨 高温の煙で瞬時に気化?

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ある考古学者は西暦79年のベスビオ火山爆発で亡くなった男性の骨を発見した。それは多くの特別なところがあり、当時の災難を知るために新しい手がかりになっている。

イタリアのメディアANSAによると、死亡した男性は40歳から45歳の間、ローマの古代都市ヘルクラネウムの海岸から数歩離れた場所で被災したといい、噴火から海に脱出しようとした可能性があるということだ。

英国タイムズ紙によると、男性は木製の箱を携帯して、中には指輪が入っていて、おそらくそれは彼が持ち去る最も価値のあるものだったようだ。

2000年近く前、イタリアのベスビオ火山が噴火し、ヘルクラネウムやポンペイなど、いくつもの古代ローマの都市が壊滅した。今年10月、考古学者たちがこの遺骨を発見し、12月1日、プロジェクトチームが初めていくつかの写真を発表した。

この発掘プロジェクトを率いたフランチェスコ・シラノ氏はANSAに対し、「犠牲者の最後の時間は一瞬だったが、とても怖かっただろう」と語った。

「午前1時、摂氏300〜400度の火山の煙が街に流れ着いた、一部の研究では500〜700度の高温の煙と考えている。この煙は、1時間に100キロの速さで海辺に押し寄せてくる白い雲のようなものだ。濃い煙は密度が非常に高く、中には酸素がまったくなかった」とシラノ氏は説明する。

その男性の遺骨は血で赤く染まった。シラノ氏は、それは男性が瞬間的に高熱で気化されたためだと言った。「高温で彼の服を燃やし、肉体を気化させた。彼は一瞬で死んだはずだ」 と、プロジェクトチームの別の人類学者ピエルパオロ・ペトローネ氏は英ザ・デイリー・テレグラフに語った。

この遺骨の一つの異常なところは、彼は仰向けに死んだことだ。シラノ氏はタイムズ紙に、「ヘルクラネウムの遺跡で見つかった犠牲者のほとんどは下向きの姿勢をしていた。恐らくこの男性は船に乗り込もうとしたところ、時速100キロもの煙が咆哮しながら迫ってくるのを聞いて、振り返ったのだ」と述べた。

1980年代、考古学者はこの地域で300以上の遺骨を発見した。ANSAの報道によると、彼らは漁師の小屋におり、船の救助を待っているようだった。この新たに発見された遺骨は、その人たちと一緒ではなく、小屋の中ではなく、海辺から少し離れたところにいった。

シラノ氏は、この男性は他の人が現場から脱出するのを助ける救助隊員だったかもしれないと分析した。もう一つは、彼も避難者だったのかも知れないが、どちらにしろ、彼は他の人と離れて救助船に乗り込もうとしていたようだ。

また一部の専門家は、この男は金持ちのようではないと分析している。というのも彼が持っている指輪は鉄製だったからだ。「そしてその (指輪を入れる) 箱は小銭を入れる箱のようなもので、もしそれは彼が脱出して持って行くものなら、彼は金持ちとは思えない」と、別の考古学者イヴァン・ヴァリアーレ氏はタイムズ紙に語った。

この大惨事が起きた年代、ヘルクラネウムは裕福なローマ人に愛された海辺の町だった。古い町の遺跡は、現在、イタリアのエルコラノ市にある。

(橋本 龍毅)