伝説の道士 葛玄の不思議な力(2)

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三国時代、呉の道士である葛玄は幼い頃から賢く、僧侶であった左慈から仙経「九丹金液仙経」を教わった。葛玄は病気を治すのが得意で、何年も飢えをしのぐこともできたと言われている。

葛玄の接待

客が来ると葛玄は、冬にも関わらず、採れたての瓜(瓜は夏野菜)を、夏には雪や氷を振舞った。それから何十枚もの小銭を取り出して、どんどん井戸に投げ入れるように人に頼んだ。

葛玄は井戸の上にゆっくりとある道具を置き、小銭に声をかけると、小銭は次々と井戸から飛び出し、その道具の中に落ちていった。 

また葛玄が客に酒を用意すると、誰かが注がなくても自動的に杯が移動してくるし、飲みきれない人がいると杯は移動せず、置かれたままであった。

木の葉が酒になった

葛玄は外出するたびに、親しい人に出会うと、道端に誘い、折れた草の葉で木を刺し、木の汁を杯に注いでいたのである。飲んでみたらお酒だった。 

葛玄は、土や石、草や木などを取っては酒に変え、食べると鹿肉となった。刺した木に杯を置くと自然に汁が流れ、杯が満杯になると流れなくなった。他の者が同じようなことをしても、木から汁が流れることはない。

また葛玄は、誰かと一緒に歩いているとき、その人と自分の足が地面から1メートル前後、浮いていても、並んで歩くことができた。

葛玄が徽州(きしゅう)に赴いた時、中原(華北平原一帯)の商人がある寺を通りかかった。その時、廟(寺院)の者は商人に「葛玄様に手紙を送りたいので、代わりに届けて欲しい」と頼んだ。廟の者が商人の船に手紙を投げ入れたが、舳先(船首)に釘付けになったかのように、取ることもできなくなった。しかし商人が徽州に到着し葛玄に知らせ、葛玄が手紙を取りに行くと手紙は不思議な事に難なく取れた。

葛玄の最後

その後、葛玄は弟子の張大安に「私は天子によって強制的にここに滞在させられたので、仙薬を作る時間がなかった。8月13日の正午に出発する」と伝えた。しかしその日、葛玄は服を着て帽子をかぶり、自分の部屋に入った途端、そこで倒れ込んで息を引き取ってしまった。

弟子は三日間、香を焚いて葛玄の体を見張っていたが、ある晩、深夜に突然強風が吹き荒れ、家の屋根が持ち上がり、木が折れた。すると突然、葛玄の体が消え、帯もほどけずにベッドに投げ出された服だけが見えた。

翌朝、弟子たちが近所の人たちに深夜の強風について聞きに行くと、みんな「全然、風は吹いていない」と言う。しかし、葛玄の中庭の生垣は、すべて風で折れてしまっていた。 (神仙伝より)

——正見ネットから転載

(翻訳・微宇)