【小宇宙の伝説】なぜ世界中の聖像が泣くのか?(2)

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古代の書籍における仏像に関する記録

『洛陽伽藍記』には、「仏像が三度涙を流した」という実話があります。南北朝時代、北魏王朝の都、洛陽の武穆王は、門の外に9.4メートルの高さの大きな仏像のある寺院を建てました。孝昌3年(西暦527年)の12月中旬、この仏像は2つの目から涙を流し、3日間も続きました。その翌年の4月、爾朱栄が彼の軍隊を連れ、洛陽に侵攻してきました。それにより王子と使用人2000人以上が殺害され、無数の民衆が死亡しました。

永安2年(西暦529年)の3月、この仏像は再び涙を流し始めました。その結果、5月に北海王元顥が彼の軍隊を洛陽に導き侵攻してきました。2か月後、北海王は敗北し、彼が率いた5千人の江淮の軍人が捕虜になり、誰も戻ることはありませんでした。

永安3年(西暦530年)、仏像は3度目の涙を流しました。その結果、12月に爾朱兆が再び洛陽に侵攻し、山西省金陽で孝莊帝を捕らえ、殺害しました。

この記録から、この仏像が涙を流すたびに大規模な死の事件が発生することがわかりました。これは楽山大仏が目を閉じて泣いている状況と非常によく似ています。
 

楽山大仏が目を閉じて泣く

楽山大仏は、四川省楽山市東部の3つの川の合流点にある弥勒菩薩です。大仏の建設には3世代にわたる4人の皇帝が携わりました。記録によると、仏像は唐代の玄宗皇帝の開元初期(西暦713年)から彫り始め、90年以上かけて、貞元19年(西暦803年)に完成した世界最大の石仏の彫刻です。

この弥勒菩薩には、目を閉じたり、涙を流したり、背後に仏の光が当たるなど、奇妙な現象がたくさん起こっていることが分かっています。
さらに、大仏が目を閉じて泣くたびに、深刻な自然災害と人為的災害が発生します。

初めて目を閉じたのは1958年から1961年のことでした。その年に本土では大きな自然災害はありませんでした。しかし、農民が製錬所に送られたことで、本来は収穫が多い年のはずなのに、ほとんどの穀物が収穫されずに腐敗しました。同時に、国民全員が人民公社の食堂で食事をする制度によって、多くの食料を浪費し、大規模な飢饉につながりました。

1962年には、深刻な栄養失調により、至る所で病気の人が見られ、至る所に死体がありました。楽山では貧しい人々が多かったため、人が亡くなった際に、死体をわらのマットに包んで川に投げていました。また、楽山大仏は岷江、青衣江、大渡河という3つの川の下流に位置しています。そのため、飢餓によって亡くなった人の死体が毎日のように流れ着き、大仏の足元に浮かんでいました。このような何万人もの餓死者の死体が浮かんでいる惨状に、楽山大仏は一晩中目を閉じていました。

地元の言い伝えによると、大仏は目の前で多くの人が亡くなっているのを見かねて、目を閉じたそうです。その後、大仏像が目を閉じるのは悪いことが起きる予兆であるとして、中共当局は大仏の目の修復工事を行いました。しかし、大仏が目を閉じたときの写真は、未だに楽山の展示ホールに保存されたままです。

1963年、大飢饉の直後、毛沢東は絶対的な権力と服従を確立し始め、いわゆる「毛沢東思想」を開始し、中国民衆に対する残虐な迫害行為を始めて、人的な災害を激化させました。それにより、大仏は再び目を閉じて静かに涙を流しました。泣いている大仏の写真は政府をパニックに陥れ、4000万元を費やして仏をきれいにしたと言われていますが、それでも仏の目の隅から出る涙を止めることができませんでした。

中国の歴史上悲しい年である1976年7月、マグニチュード7.8の地震が唐山地域を襲い、数十万人が死亡しました。地震の後、四川省の人々は、楽山大仏が怒りの表情で、再び目を閉じて泣いていることに気が付きました。

近年では、1994年6月7日、大仏が涙を流しました。当時通りかかった船からの目撃者の記録によると、船に乗っていたすべての観光客が大きな涙の雫を流しながら楽山大仏が泣いているのを見た、と言います。

果たして、楽山大仏は本当に目を閉じて人々の苦しみのために泣いたのでしょうか?
一部の科学者はこの問題を、環境汚染が比較的深刻であるため、大量の酸性雨が仏像に降り注ぎ、仏像の上まぶたが黒くなったために楽山大仏が目を閉じたように見えた、と説明しています。しかし、多くの人はこれは奇跡であり、大仏像は本当に目を閉じたのだと信じています。

私は、神や仏の涙についての多くの報道を見て、これらの涙がどのように形成されたのかを探るのは無意味だと思っています。個人的には、これは神からの警告だと思っています。ですから、歴史上最後の節目にできることは、神と仏が私たちに伝えたいメッセージを理解することです。そうすれば、私たちも多くの損失を減らすことができます。

神仏が奇跡を起こし続けるのは、神は生命への慈悲を重んじ、迷いの世界に落ちた善良な人々を決して見捨てないということを世に伝えるためです。そして、歴史に残されたさまざまな予言も、善を選び、悪から離れ、理性に戻り、信仰と道徳を取り戻すよう、世界に警告していると考えています。こうして初めて、私たちは災害から抜け出し、明るい未来を迎えることができます!

もしあなたもこんな光景を見たことがあるならば、ぜひコメントを書いて体験談を共有してください。また会いましょう!

「小宇宙の伝説」製作組

(翻訳・郡山雨来)