絵の中の時空ーー美術家=物理学者?(十)

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動勢と雰囲気を描くことによって、時間の連続性を表現する技法は、美術で最も一般的な絵画手法です。時間を表現する方法は他にもたくさんありますが、最も直接的なのは、下の絵の方法です。

 

「クロノス」(フラマンの画家アルトゥス・ウォルフォルト作:パブリックドメイン)

 

この絵は、古代ギリシア神話のクロノスという時間の神様を描いたものです。時間は本来無形の神ですが、神話では常に形を現わしています。芸術作品ではよく老人の姿で描かれ、時間の長さと、数え切れないほどの時代の変遷を表現しています。老人の背中に翼があり、手に砂時計を持って時間を計算しています。画家は、この分かりやすい手法で時間の神の身分と職能を表現しています。

もちろん、他にも色々な方法があります。一部は今の時代にはあまり見られませんが、歴史上、存在したことがあります。例えば、下のような作品です。

 

「キリストの受難の神秘」(アントニオ・カンピ作:パブリックドメイン)

 

これは叙事的な絵です。巧妙な構図を通じて、イエスが受難の直前、オリーブ園で祈祷し、その後十字架に磔となり、復活し、最後に昇天する一連の場景を表現しています。絵の右上では、雲が開いて天国の世界が現れています。この同じ画面で異なる時刻の場景を表現し、そして、人と神の2つの空間が同時に存在する表現方式は、昔の西洋人にとって一般の認識となっており、当時の人に違和感はなかったのでしょう。

この種類の作品は単一のタイムラインの延長を表現しています。しかし、芸術作品は多数の時空の場景を表現できますので、構図によって異なる運命を選択した際の全体像を表現することもできます。その場合、時間は単なる固定された運命線ではなく、同時に様々な可能性があります。つまり、異なる選択によって、異なる運命と未来に到達することができます。しかし、宿命論の観点から言えば、人生の道はすでに定められており、唯一の自由意志は生命自身の正念の強さとその道徳上の選択に依存します。天国と地獄の場景を同時に見せたり、人に選ばせたりする絵画はこのように平面に複数の時間と空間の概念を表現しています。

 

最後の審判」(ボーヌの祭壇画)(初期フランドル派画家ファン・デル・ウェイデン作:パブリックドメイン)

 

15世紀のフラマン画家であるロヒール・ファン・デル・ウェイデンは「ボーヌの祭壇画」で、展延式の伝統的な構図を用いて、典型的なテーマ「最後の審判」を表現しています。画面の中央の高い位置にキリストが座っており、両側の雲に天使と聖徒が描かれ、そして、真ん中で人々を審判するのは、前述の聖ミカエルです。世の中の全ての人、死んだ人でさえ復活し、聖ミカエルによる善悪の審判を受けます。善良な人は左側の天国に導かれ、悪い人は右側の地獄へ落とされます。

 

「最後の審判」の中央部分(パブリックドメイン)

 

聖ミカエルが衆生の審判をすることについては、多くの言語学者や歴史学者、宗教学者が、語源や世界の各民族の宗教、神話をたどり、異なる宗教で語られているミカエル(Michael)、メシア(Messiah)、弥勒(Metteyya)などの名前は、同じ神様を指しているかもしれないと指摘しています。つまり、歴史の最後の時に、地上に降りてきて衆生を救済し、衆生の善と悪を判断して行く場所を決定する神様であると認識しています。

聖ミカエルは自らこの世に降り、地上に立って、衆生と直接接触します。地上、天国、地獄は同じ空間ではありませんが、同じ画面に描かれています。この絵では、衆生が天国に昇ることと地獄に落ちることの2つの可能性を示しており、裁かれている衆生にとっても、全く異なる2つの未来があることを意味しています。

(つづく)

(翻訳編集 季千里)

Arnaud H.