「犬猫病院の老先生」【私の思い出日記】

昨年(2022年)に21歳で亡くなったシェリー爺の妹分にクルミ(当年18歳)がいます。生後2日目に野良の親からはぐれ、さまよっているところを2匹のカラスに見つかり、まさに襲撃される寸前、たまたま台所の窓から見ていた近所の人に救出された強運の持ち主です。縁あって我が家にやってきました。

その後発情期を迎え、尋常でない鳴き方をするので、一刻も早く避妊手術をということになりました。最初は、家の近くの大きな病院を予約していたのですが、地元の友人のアドバイスもあり、その病院から数分離れた小さな病院にお世話になることにしました。その獣医さんは、ちょっと頑固そうな年配の先生でした。

手術の日が決まると、娘がクルミを病院に連れて行きました。先生は娘とたわいもない話を30分くらいしているその間に、検査と麻酔を打ちました。麻酔は冷たいと痛いからと、お湯で注射器を温めながら、次のように言ったそうです。

「あなた(娘)とこうして話をしているうちに麻酔を打って手術に入ります。そして手術後の麻酔が解けた時にすぐに迎えに来てもらいます。そうすればクルミちゃんは自分に何が起きたのか分からないうちに手術を終えてしまうでしょう。恐怖感を与えずに済むでしょう」と。

お迎えは私が行くことになったのですが、その時間も先生から指定されました。「動物は本当に具合が悪い時に治療した場合は怒らないけれど、どこも悪くないのに突然手術台にのせられたら、恐怖を感じるでしょう。だからあなたが迎えに来てくれる時間にこだわったのです。まどろんでいる時に、あなたの声を聞いて安心するでしょう」。

本当に感激しました、以前にシェリーを他の病院で手術した時の彼の錯乱ぶりを見ていたので、本当に驚きました。

そして先生の工夫した治療法を聞いて、驚いている私に、「私が治してやると思うと絶対ダメなのです。この子たちを治して、私が沢山の経験をさせてもらっている。ありがたいと思うとうまくゆくのです」と話してくれました。

先生御夫婦に玄関まで見送ってもらって、クルミは、自分に起きたことは何も知らずに元気に帰宅しました。何度も怖い思いをさせないために、先生の工夫のお蔭で通院はなし。こんなに心を込めて美しい仕事をしている人がいると思っただけで、本当に幸せな気分になりました、クルミはカラスから救われ、ふとしたタイミングで良い先生に出会い、やっぱりついていると思いました。

現在も毎日、気の向くままにのんびりと老後を過ごしています。その老先生は、それから数年後、病院を閉じられました。ご家族が先生の年齢を考えて、万が一間違いがあったらと心配をしたことでやめることにしたと聞きました。

しかし、動物好きの私には、先生のあの手術の時の言葉はいつまでも忘れることができません。