小学生のころの思い出【私の思い出日記】

思い出って何だろうと考えていると、もう60年以上になる小学生時代の出来事がいろいろと浮かんできた。3年生の時に明仁親王のご成婚式があり、当時、テレビのある家は少なく、そのテレビ中継を見るために、近くの幼稚園に皆で集まったことが記憶にある。その時から、私はテレビに魅せられてしまったらしい。

隣家のけいこちゃんの家では、我が家よりいち早くテレビを買っていた。後に長姉から聞いた話によると、母が台所で洗いものをしていると、窓越しに、けいこちゃんの家の居間が見える。そこで、4人の女の子がテレビにくぎ付けになっている。

けいこちゃんの家は3人姉妹なのに、「あれっ」と思ってよく見てみると、4人のうちの一人は私だった。私はずっとけいこちゃんの家でテレビを見ていたらしい。それを父に伝えると、かわいそうにと、家でもテレビを購入をしてくれたという。きっと無理をしてくれたんだろうと今になって思う。

それから、私はテレビっ子になってしまった。一番心に残っているのは、1958年から1966年まで放映されたNHKのテレビドラマ「事件記者」である。警視庁記者クラブに集まる事件担当の記者の話である。激しい取材合戦、また事件の真相、そして解決後に必ず集まる行きつけの飲み屋での楽しそうな光景。将来は事件記者になると固く心に決めていた。

新聞が大好きになり、手書の「家庭新聞」を作ってみたり、新聞の3面記事を毎日楽しみに読んでいた。だんだん事件に詳しくなり、その事件の判決もよく把握していたし、大体どういう判決が出るかも自分で予想していた。

ある時、すごく悲惨な事件があったのだが、犯人にも悲しいドラマがあったのを知った。でもその後の判決は厳しかった。学校から帰って、新聞でその判決の見出しを見た瞬間に、やっぱりとは思ったが悲しくて、それ以上は見たくなくて、その新聞をねじってストーブに投げこんだ。

そして、新聞を見ていてふと気づいたことがあった。それは、記事を最後まで読まなくても、犯人が分かることだった。犯人には「さん」がつかないということだった。4年生の私にとっては大発見だった。どうしてもそのことを発表したくて、教室で突然、手を挙げて、「ちょっと気づいたことがあります」と。

先生が「何」と言うので、「新聞を読んでいると、全部読まなくても、どっちが悪い人か分かります」「悪いことをした人には、さんがついてません」。先生も返答に困ったであろう。「ああそう」とだけ言ってその場は流れていった。でも、どうしても発表したくて、思いきって手を挙げた時のことをはっきりと覚えている。

姉達と年が離れていたので、日常小耳には挟む会話も小学生にそぐわない内容もあったみたいである。姉達が話しているのを聞きかじり、学校の放課後の座談時に、知ったかぶって話していたあの小学校の教室の風景が、いろいろと思い出されてくる。